あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/06/03(木)   CATEGORY: 2001年
    【#109】阪急南茨木駅前路上スーパー店員強盗殺人事件
    阪急南茨木駅前路上スーパー店員強盗殺人事件(はんきゅうみなみいばらぎさつじんじけん)とは2001年5月に大阪府茨木市天王2丁目で発生した、強盗殺人事件である。
    なお、強盗または殺人容疑の犯人は逃亡生活中のために逮捕されておらず、2010年4月現在で未解決。捜査特別報奨金制度対象事件に指定されている。

    概要


    2001年5月1日午前8時10分頃、阪急京都線南茨木駅前にあるスーパーマーケット『阪急共栄ストア南茨木店』(現阪急オアシス南茨木店)の東側路上で、同店勤務の被害者の店員の男性(当時33歳)が、倒れているのを別の店の店員が発見、店員の男性は左胸を鋭利な刃物で一突きされており、出血多量で収容先の病院で死亡した。
    凶器は見つかっておらず、店内に物色痕などがあることから大阪府警捜査一課と茨木警察署は強盗殺人の疑いもあるとみて捜査。
    午前10時の開店準備のため、男性の店員は同店東側の商品搬入用出入り口付近の歩道で作業中だった。
    目撃者らの話では、犯人の男が店外にいた男性の店員の腕をつかんで激しく口論。
    振りほどいて店内に逃げ込もうとした男性の店員をさらに捕まえて歩道に引き戻し、犯人は、いきなり店員を刃物で刺して逃げたという。

    不審者


    事件の直前、同ビル2階の事務所近くで、店員の男性がこの男に壁に押し付けられていたのを別の従業員が目撃しているが、男の方から「おはようございます」と声をかけて来たので、この従業員は「出入り業者か」と思ったという。
    同一とみられる男と男性の店員が、店から約50メートル南にある別のビル内にある従業員用更衣室付近の廊下を歩いているのを、店長が見ている。
    不審者の身長165~170センチ、紺色ジャンパーに黒色ズボン、白マスクでがっちり型、髪形は白髪まじりのオールバックの事件当時は30歳から50歳位を特徴としている(かなり返り血を浴びている可能性がある)。
    目撃証言が多く、不審者の似顔絵が複数作成されている。
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    DATE: 2010/06/02(水)   CATEGORY: 2003年
    【#71】泉南郡熊取町小4女児誘拐事件
    泉南郡熊取町小4女児誘拐事件(せんなんぐんくまとりちょうしょう4じょじゆうかいじけん)とは、大阪府泉南郡熊取町で2003年5月20日に発生した誘拐事件である。2010年5月現在、未解決である。
    熊取町立北小学校に通う4年生の女児(事件当時9歳)が学校遠足からの帰宅途中で行方不明になった。
    捜査特別報奨金(公的懸賞金制度)の指定事件となっており、300万円の懸賞金がかけられている。

    概要


    2003年5月20日、女児は学校行事である社会科見学を終えて同級生3人と一緒に帰宅。女児の自宅から400m離れた地点で同級生3人と別れて、更に別の同級生が女児を目撃したのを最後に忽然と姿を消した。女児はいつも自宅から50m離れた所にあるバス停の前を通って帰っていたが、同じ頃バス停に停車していたバスの運転手および乗客は女児を目撃していない。
    午後6時半頃になって、家族が女児が帰宅していないことを学校に連絡。その日のうちに付近の住民の協力を得て捜索したものの、現在に至るまで発見につながる有力情報もなく、女児が当時身につけていたリュックサックや衣服などの遺留品も発見されていない。
    失踪当日4台の不審車両が目撃されている。また、現場近くに白いクラウンが停まっており、車の運転席に短髪の男が乗っていたという目撃証言がある。

    事件発生当日の状況


    起床 いつもより一時間早く起き、準備をした。
    登校 いつも通り家を出る。
    小学校 大阪市立下水道科学館に、バスで出かける。
    14時30分頃 小学校へ戻る。
    14時40分頃 見学日だったため、普段より30分早く帰宅
    ※「いつも待ち合わせて帰る近所の子」とは帰らず、同級生3人と帰る。
    14時57分 七山交差点。他の3人より60m先を歩いていたが、3人と挨拶をして別れた
    ※交差点から自宅まで560m
    14時59分頃 「一度家に帰り、自転車で遊びに行こうとしていた男児B」とすれ違う
    ※すれ違った地点から、自宅まで400m。「遅いねバイバイ」と言われ、女児は笑顔を返した。
    15時00分頃 商店で塗装作業をしていた男性は、女児を見ていない
    ※商店から自宅まで300m、男児Bとすれ違った地点からは100m先になる。
    15時15分~25分 バス停で、時間待ちをしていたバスの運転手や乗客たちは、女児を見ていない。近くの公民館前を通った男性看護師も、女児を見ていない。
    ※自宅まで50m、男児Bとすれ違った地点からは350m先になる。なお、このバスは、後に廃止された。
    17時00分 兄が、女児が帰って来ていないことに気づく
    18時30分 家族や付近の住民で探し始める
    19時30分頃 警察に通報
    ※その後、誘拐を想定し警察が女児宅に待機していたものの、電話はかからず。

    14:59に同級生Bとすれ違ってから自宅までの400mの間に連れ去られたといわれていたが、その100m先の商店や通行人には目撃されておらず、商店の近くに行くまでの間に被害女児の身に何かが起きたと考えられ、自動車での連れ去りということで捜査が進められているが進展はしていない。

    報道された捜査内容


    報道されたものや警察より発表された捜査状況など
    被害女児がいつもの下校時刻より30分早く帰っていることから犯人が被害女児を狙ってさらったとは考えにくいため、計画的な誘拐ではなかったという警察の見方もある。
    被害女児はおとなしい性格で、人見知りをするタイプで知らない人についていくことは考えにくいとのことで、顔見知りの人物に車に乗せられたのではないかという視点でも捜査が進められた。
    悲鳴を聞いたというような証言がない。(但し後述に出てくるが、当日近所の集会があり、1ヶ所に集まっていたことが影響している可能性がある)
    周辺で交通事故が起こった形跡はない。
    極めて短時間のうちに被害女児を連れ去っていることから自動車だけでなくオートバイでの連れ去りも視野に入れた捜査をしている。
    付近に転落を示す痕跡がない。
    山林、ダム、を捜索したが何も出てきていない。
    周辺のため池の水も抜いて調べたが何も出てきていない。
    当日目撃された不審車両は赤色の車両、 黒っぽい車両、白色のバン、白色の乗用車である。

    現場周辺


    近所の集会で付近住民が一ヶ所に集まっていたことも重なり目撃者や声などを聞いたという証言がない
    被害女児が消えた通学路は緩やかなカーブが続く緩やかな坂道で、車がすれ違うのがやっとの約5mの道幅だが、広い敷地の旧家が並んでいる上に高い壁が多く事故などがあっても気付きにくい場所。

    その他


    いつも通っていたその先の食料品店の前を通っていない
    男児Bとすれ違った地点から約100m先の商店前で作業中だった男性は被害女児の姿に気付いていない
    男児Bとすれ違った地点から約100m先の商店の近くを歩いていた親子は被害女児を見ていない
    当初自宅の南東約200mの路上を1人で歩いているのを塗装作業をしていた29歳男性に目撃されたという報道もあった
    たばこ店の前で塗装作業中の男性が「リュックの女の子を見たけど顔は見ていない」と言った報道もあった
    平成21年現在、被害女児は店の前は通っておらず最終目撃者は男児Bであるという話が主流になっている
    被害女児は自宅近くでは学校が指定した普段の通学路から外れ、車の通り抜けられない小道を通って帰宅する日もあったらしい
    奇跡の扉 TVのチカラという番組に「2003年5月21日の早朝、岡山市内の国道2号線下り車線で黄色いリュックを背負った少女が、白かシルバーの車の横に立っていた、車はトランクを開けた状態で停車しており、その横にいた女児はAちゃんの失踪時の服装にも似ていた」という目撃証言が寄せられたことがある。

    詐欺事件


    女児の家族に対し、男女計2名が、「お宅の娘さんを助けたが、救出に費用がかかった」などと騙り、総額で約7,000万円を騙し取る事件があり、大阪府警が、詐欺容疑でこの男女を逮捕した。娘を救出したいという家族の心情に付け込んだものと見られる。
    この詐欺事件の裁判が大阪地裁堺支部で行われ、2009年10月5日に男には懲役9年の実刑が[2]、2009年5月22日に女には懲役2年執行猶予4年の判決が下された。
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    DATE: 2010/06/01(火)   CATEGORY: 1977年
    【#65】青酸コーラ無差別殺人事件
    青酸コーラ無差別殺人事件(せいさんコーラむさべつさつじんじけん)とは1977年1月3日を始めとして東京・大阪で起こった無差別殺人事件である。シアン化ナトリウム入りのコカ・コーラを飲んだ会社員らが死亡した。毒入りコーラ事件とも呼ばれる。

    第一の事件(東京)


    1977年1月3日午後11時半ごろ、東京都港区で東海道新幹線の列車食堂のアルバイトに就いていた男子高校生(当時16歳、京都市在住)が、アルバイト先から宿舎へ戻る途中、品川駅近くの品川スポーツランド(現在の品川プリンスホテル:1978年開業)正面にある公衆電話に置かれていた、未開封のコカ・コーラを拾い宿舎に持ち帰った。翌4日の午前1時過ぎに飲んだところ、男子高校生は異様な味を感じ、すぐに吐き出し水道水で口を漱ぐが、突然倒れてしまった。男子高校生は意識不明の重体となり、直ちに病院に運ばれ応急処置が行われたが、まもなく死亡した。死因は青酸中毒だった。

    第二の事件(東京)


    同4日の午前8時15分頃、前述の男子高校生がコーラを拾った電話ボックスから、第1京浜国道道路を約600m北に行った歩道上で、作業員(当時46歳)が倒れているのが発見され、こちらも病院に運ばれたが死亡が確認された。死因は第一の事件と同様に青酸中毒であった。また、男性が倒れていた場所の近くには、男性が開栓したとみられるコーラのびんが発見され、残っていたコーラから青酸反応が検出された。
    警察が周辺を捜索したところ、同日午後0時すぎ頃、作業員がコーラを拾った電話ボックスから約600m離れた品川区にある商店の赤電話に、青酸入りのコーラが置かれているのを発見した。それ以前にその商店の息子(当時15歳)が用事で出かける際にこのコーラを発見していたが、用事の後に飲もうと思いそのまま出掛けたため、間一髪で難を逃れている。彼がコーラに毒物が入っていた事を知ったのは、用事から帰宅した時に警察官が来訪していたからであった。
    警察は一連の事件を受け、同一犯の可能性が高いとみて、コーラが人気である若者世代や、青酸化合物を入手しやすい塗装業・加工業者をあたったが、物証に乏しく、犯人・犯行を特定できず、事件は謎を多く残したまま1992年1月4日午前0時(日本時間・UTC+9)をもって時効となった。

    第三の事件(大阪)


    東京の事件から約1ヶ月後の2月13日午前6時20分頃、大阪府藤井寺市に住む会社員の男性(当時39歳)が出勤途中にタバコを買うため立ち寄った酒屋の公衆電話に、中身の入ったコーラのびんが置かれているのを発見し、飲んだところ突然意識不明に陥り病院に運ばれた。男性が飲んだコーラのびんからは青酸反応が検出された。男性は一命を取り留めたが、退院した翌日に自宅でガス自殺した。
    遺書はなかったが、死の直前には家族などに「東京の事件を知っていたのにこのような事態になって世間に顔向けできない」と漏らしていたという。また、「誰もコーラを飲んだ場面を見ていない」「男性の出た症状には青酸中毒特有の症状がなかった」との報道もあった。

    第四の事件?


    同年の1977年2月14日、東京駅の八重洲地下街で、会社社長の男性(当時43歳)が階段のところにチョコレート40箱入りの紙袋が置かれているのを発見した。男性は、一連の青酸コーラ事件から「このチョコレートにはもしや…」と疑い、警察に届けた。
    警察では当初、遺失物扱いされたが落とし主が出てこないため、製造者に返却した。製造会社がこれを調べたところ、製造番号が破りとられていたことから不審に思い、研究所で調べたところ青酸化合物が検出された。
    製造者が再び警察に届け、無差別殺人事件として捜査したがこの件でも犯人逮捕はできなかった。またこのチョコレート箱には「オコレル ミニクイ ニホンジンニ テンチュウヲ クタス」(驕れる醜い日本人に天誅を下す、という意味のようである)などとカタカナのゴム印による脅迫文らしきものが添付されていた。
    この事件と第一、二、三の事件との関連性は不明である。
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    DATE: 2010/05/28(金)   CATEGORY: 2006年
    【#48】堺市母娘殺傷事件
    堺市母娘殺傷事件(さかいしおやこさっしょうじけん)とは2006年1月に発生した事件。

    概要


    2006年1月10日、大阪府堺市西区神野町の弁理士の家で玄関のベルが鳴り最初に応対に出た弁理士の妻沢真喜子さん(当時51歳)が男に刺された。トイレで悲鳴を聞き玄関に出て行った二女やす子さん(当時22歳)が玄関のドアを開けた際、外にいた男にいきなり切りつけられ、とっさにドアを閉めて施錠した。母親は死亡し、二女が重傷を負った。
    母親の遺体から約10メートル離れた場所に凶器とみられる血のついた包丁が落ちていた。玄関から室内、窓を通って庭先を1周するように血の跡が続いており、男が室内を通った可能性がある。
    二女の目撃証言があり、現場には犯人の短パンが残されている。犯人を目撃した二女によると犯人は知らない男だったと答えている。捜査機関は怨恨と通り魔の両面から捜査をしているが犯人は特定できておらず、未解決事件となっている。
    2007年5月に捜査特別報奨金制度に指定された。

    犯人


    事件30分前に自転車で現場方向に向かう不審な男が目撃されている。
    二女の目撃証言などによると犯人は以下の通り。
    ・年齢
    20歳代から30歳代位
    ・身長
    170センチメートル位
    ・体格
    やせ型
    ・頭髪
    ボブカット
    ・特徴
    色白、ひげが濃い、頬がこけている。

    服装
    ・ベージュのような薄手のジャンパー
    ・ジャンパーの袖を絞っている
    ・スウェットのようなズボン
    ・ラフな運動靴

    犯人似顔絵
    48_nigaoe

    犯人全身像
    48_ zenshin


    遺留品の短パン(Mサイズ)
    48_iryuhin
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    DATE: 2010/05/27(木)   CATEGORY: 1973年
    【#22】大阪ニセ夜間金庫事件
    大阪ニセ夜間金庫事件(おおさかにせやかんきんこじけん)は1973年に起きた窃盗未遂事件。

    22_kinko

    概要


    1973年2月25日、大阪市北区梅田の三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)阪急梅田北支店の夜間金庫に客が現金を投入したところ、金庫の表面が膨れあがり、不審に思った客が警備員に連絡。駆けつけた警備員と銀行職員が調べ、すぐにニセの夜間金庫と判明。近くに有る本物の夜間金庫には、ニセの夜間金庫に客を誘導する為に故障中の張り紙がされていた。
    ニセの夜間金庫はベニヤ板製で、客の投入した現金(2,576万円)でいっぱいになり割れてしまっていたが、外観はステンレスで装飾するなど一見ニセモノだとは判らない造りになっていた。ニセの金庫の材料入手先などから窃盗未遂容疑で捜査されたが、1980年に公訴時効が成立して未解決事件となった。
    犯人の犯行のアイデアとユーモアを感じさせる失敗から何度かテレビドラマ化された。

    大丸デパート恐喝未遂事件


    関連する事件として、1973年5月に大阪市の大丸デパートを恐喝した事件がある。この事件で使用したベニヤ板が同じ一枚の板を切ったものだったことが大阪府警科学捜査研究所の鑑定で判明したことから、犯人は大阪ニセ夜間金庫事件と同一人物であると見られている。
    1973年5月1日に大丸デパートに3000万円を要求する脅迫状が到着。その脅迫状には5月4日にそごうデパートで小さな事件が起こると予告されており、実際にそごうデパートで新聞紙でマットに放火する事件が発生した。大丸デパート側は警察に届け出るとともに、脅迫状の指示に従って、社員に3000万円を運ばせることにした。社員は犯人の連絡どおりに動き、最後は神戸市三宮にある地下駐車場にある乗用車のトランクに現金入りのカバンを入れたところで、犯人からの連絡が途絶えた。
    警察が現金を入れることになっていた車のトランクを調べたところ、現金の運搬役がトランクの蓋をさせた後に、カバンを地面に落として、釣り糸で引っ張って手元まで運べるような細工がしてあった。このトランクの細工に使われたベニヤ板がニセ金庫のベニヤ板と木目の流れ、カンナの歯こぼれ跡が一致した。

    模倣犯


    なお、2006年7月には、みずほ銀行銀座支店前に同様のニセ夜間金庫が置かれる事件があったが、こちらは犯人が自首し、解決している。
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