あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/06/02(水)   CATEGORY: 2004年
    【#82】津山小3女児殺害事件
    津山小3女児殺害事件(つやましょうさんじょじさつがいじけん)は、2004年9月に、岡山県津山市に住む小学3年生(当時9歳)の女児が、自宅で刺殺体となって発見された事件。

    概要


    2004年9月3日、岡山県津山市の自宅で、下校した姉が妹(小学3年生)の遺体を発見した。警察などの捜査により、犯行時間は帰宅直後の15時15分から約20分と見られている。しかし、第一目撃者の証言などから、犯行時間については不明な点がある(#事件当日の経過参照)。なお、自宅の鍵や窓は壊されていなかった。
    遺体の傷は、すべて正面からの刺し傷で、抵抗の後は無かった。手や腕、背後に傷は無かった。刺し傷は深いもので数センチあり、内臓に達しているものもあった。また被害者は窒息死の可能性もあるが、死因は解明されていない。
    2005年9月までの時点で、岡山県警は約13500人の捜査員を投入している。しかし、近所の住人も不審な物音や叫び声は聞いておらず、犯人の有力な情報が得られていないため、捜査は難航している。
    2008年3月、市立北小学校で同級生の卒業式があり、被害者の卒業証書も手渡された。
    岡山県警と津山警察署がフリーダイヤルを設置し、電話での情報提供を呼びかけている。また、配布されたポスター・チラシは県内はじめ、多くの駅やショッピングセンターなどに貼られている。2007年4月より導入された公的懸賞金(最高1000万円[1])の対象とはなっていない(但し岡山県公式サイトの「マルチメディア目安箱」に早期指定を求める投稿が2008年2月分と2010年2月分に掲載されている)。

    事件当日の経過


    2004年9月2日
    13時45分頃
    母親がパートの仕事に向かう。
    13時55分
    母親が職場に到着し、タイムカードを押す。
    宅配業者が女児宅にメール便を届けている。ドアが開いていたため、玄関内へ置いている。
    14時00分
    訪問販売員が、女児宅の玄関のドアを開け、中に声をかけている。
    14時40分頃
    小学校の「帰りの会」が終わる。「この時間に友達と二人で下校した」という報道もあった。
    14時47分頃
    自宅まで700mの所で、「元気のない様子で歩いている」女児が目撃されている。
    14時50分頃
    「友人と下校した」とされている。
    しかし、14時47分に女児が目撃されている。また、この時間から推測すると帰宅は15時頃となる。
    14時50~55分
    美容室の前を通過(自宅との距離は500m)。
    15時5分頃
    「自宅まで200mの所を1人で歩いている」姿を、近所の女性(42)が目撃。女性宅の犬を見て、通り過ぎている。
    15時15~20頃
    帰宅時間とされていたが、目撃証言から考えると、もっと早いと思われる。
    15時35分頃
    姉が帰宅し、女児の遺体を発見。母親に電話をする。
    15時47分頃
    母親が119番通報をする。
    15時53分頃
    救急隊が女児宅に到着。
    病院へ搬送され、死亡が確認された。

    鍵、室内と被害者の様子


    鍵、施錠、侵入の形跡など
    玄関のドアは、13時55分の時点で開いていた。
    家族が共有する合鍵は、「外出時は玄関横の牛乳瓶受けに入れ、帰宅に使用したら玄関入り口に置く」と決められていた。事件発覚時には玄関入り口にあった。
    女児が持っていた鍵は、室内にあった。
    姉が帰宅した時、ドアは閉まっていたが、鍵は開いていた。
    玄関以外は、全て施錠されていた。
    女児は、帰ってくると部屋が熱いので、最初にガラス戸をあけ網戸にする習慣だった。姉が帰ってきた時、ガラス戸は閉まっていた。
    室内が物色された形跡はなかった。
    「部屋の入口付近の、棚の上」に置いてあった飴の缶が落ちて飴が散乱していた。女児の体の上にも、飴が散らばっていた。
    傷、血痕、着衣など
    死因は、失血死か窒息死と考えられているが、判明していない。
    首を絞めたり、口や鼻を押さえたりした跡はなく、窒息の原因は不明。
    腹部、胸部を3カ所ナイフ状の物で刺されている。
    発見時、女児の顔は真っ白だった。
    1階の8畳間に倒れていた。この部屋は、玄関から部屋1つを挟んだ位置にある。
    1階の居間には多量の血が流れた跡があり、他の部屋には血痕はなかった。
    「白いブラウスと、紺色の短パン」の、小学校の制服姿で倒れていた。
    衣服に乱れはなかった。
    女児の体の下には、13時55分に配達されたメール便があった。
    発見時は、うつぶせで倒れていた。
    抵抗した痕跡はなかった。
    切り傷や骨折はなかった。抵抗したり、逃げたりした場合には手や背中に負傷することが多いが、そこにも傷はなかった。
    室内には、女児が逃げようとした形跡はなかった。

    凶器


    鋭利な刃物を持ちこんで使用した、とみられている。
    凶器は発見されていない。また、女児宅の刃物も使用されていない。

    不審者


    「肩からポシェットをかけた、若い男の写真」を持って、聞き込み捜査をしているという報道があった。
    「ボサボサ髪の若い男」が女児宅から南西に約100m離れた高架下におり、「近くにいた女児に向かって、薄笑いしていた」との情報があった。「女児が被害者だった可能性もある」とみて捜査している、という報道もあった。
    この男は、事件直前に通学路途中で目撃されている。

    事件前の不審な出来事


    2004年3月 
    女児宅の車庫で、自動車のタイヤホイールのボルトが、4本とも何者かによって緩められていた。
    同じ時期に、もう1台ある自動車のワイパーも、もぎ取られていた。

    その他


    事件現場周辺は人通りは少ない。しかし、中国自動車道の測道で抜け道となっている道路沿いで、車の通行量は多い。
    部屋の中央にはテーブルが置いてあり、女児は、そのテーブルの脇で倒れていた。
    14時47分に目撃された時、「子供らしい明るさの表情」ではなく、「うつむきかげんで無表情」だった。
    14時50分~55分に目撃された時、いつもは「店の窓を叩いて、美容師や犬に挨拶をする」のに、「一瞬覗いただけで帰って」行った。
    隣の住人は、人の出入りや物音に気付かなかった。
    現場近くでは、空き巣被害が出るなどしている時期で、回覧板などで注意が呼びかけられていた。
    岡山県内では、2000年から2004年までの間に2件の児童行方不明が起きている。
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    DATE: 2010/05/28(金)   CATEGORY: 1995年
    【#40】倉敷市児島老夫婦殺人事件
    倉敷市児島老夫婦殺人事件 (くらしきしこじまろうふうふさつじんじけん)とは1995年4月に岡山県倉敷市で発生した殺人事件。
    犯人は検挙されておらず、2010年4月現在で未解決となっている。

    概要


    1995年4月28日の未明、倉敷市児島上の民家が全焼。焼け跡から自宅の1階から被害者夫婦(事件当時夫70歳、妻66歳)の遺体が見つかった。夫は腹に包丁が刺さったままの状態で、妻も胸などに刺し傷が数ヶ所あり、夫婦共に頭部が持ち去られていた。
    司法解剖の結果、死亡推定時刻は前日の27日夕から夜にかけてと見られる。
    岡山県警児島署捜査本部は、夫婦が近くに付近の山林を所有していたことや残虐な手口に着目し、トラブルの有無を調べてきたが、自宅が全焼してしまったために物証は乏しく、現在まで有力な手がかりを得ることが出来ていない。また、頭部の行方は今でも判明していない。

    公訴時効の廃止


    事件発生時の法律では殺人罪の公訴時効が15年であったため、2010年4月28日午前0時をもって時効が成立するはずであったが、その前日の4月27日午後1時に殺人罪の公訴時効廃止などが盛り込まれた刑事訴訟法並びに刑法の改正案が成立し、即日施行されたため、残り数時間のところで時効切れは回避された。この法改正によって時効成立を免れた最も古い殺人事件である。
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