あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/06/03(木)   CATEGORY: 2004年
    【#106】廿日市女子高生殺人事件
    廿日市女子高生殺害事件(はつかいちじょしこうせいさつじんじけん)は2004年10月に広島県廿日市市に住む高2女子生徒(当時17歳)が自宅で刺殺された事件。捜査特別報奨金制度対象の事件で、2010年4月現在未解決である。

    概要


    2004年10月5日
    午後3時ごろ、広島県廿日市市上平良の自宅にて、長女が若い男に刃物で刺された。
    長女は高校から帰宅後、自室で仮眠を取っていた。
    長女の叫び声を聞き、祖母と妹(次女)が駆けつけた。男は祖母にも襲いかかり、背中や腹を10ヵ所ほど刺して逃走した。
    妹は裸足のまま、30m離れた近所の園芸店に助けを求めた。
    長女と祖母は重体に陥って病院に運ばれた。長女はまもなく出血多量で死亡、祖母はその後回復した。
    長女は学校内でのトラブルなどもなく、犯人の動機は不明。
    被害者を1階の玄関まで追って刺すという、凶悪性の高い犯行。
    2008年
    被害者の家族らは300万円の懸賞金を用意し、犯行当日の目撃者や、犯人に心当たりがある者に呼びかけた。

    犯人像の謎


    被害者の遺品は、警察が捜査のために一時的に預かっていた。後にそのほとんどが返却されているが、携帯電話に関しては返却されていない。
    携帯電話には、被害者と何らかの関係があると思われる男性2人組の名前が登録されている。
    しかし、被害者の行動範囲は塾・学校・自宅周辺と非常に狭いものであり、友人や家族でさえも心当たりのない人物である。
    この人物は「~~くん」と言う敬称から、同世代の男性であると思われているが、身元は分かっていない。
    これらの情報は、奇跡の扉 TVのチカラにて報道された。
    犯人の特徴 [編集]
    下記は、警察の手配書に書かれている、犯人の特徴である。
    年齢 … 20歳くらい
    身長 … 165センチ程度
    体格 … がっちり型
    特徴 … 目が細く、頬にニキビ様の跡
    髪型 … 当時は髪を立たせており、若干茶髪。
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    DATE: 2010/06/02(水)   CATEGORY: 1980年
    【#70】前尾道市長夫婦殺人事件
    前尾道市長夫婦殺人事件(ぜんおのみちしちょうふうふさつじんじけん)とは、広島県尾道市で発生した殺人事件である。また被疑者が特定されず公訴時効を迎えた未解決事件である。

    概要


    被害者の市長は公人であるため実名であるが、それ以外の人物については仮名とする
    佐藤勲前尾道市長は医師で尾道市議を4期勤めた後1975年4月の尾道市長選挙で初当選し、尾道市の当時の累積赤字を昭和53年度までに無くすなどの実績を挙げていた。しかし、2期目を目指していた1979年2月に市立学校の増改築をめぐり、業者に便宜を図った謝礼を受け取ったという収賄容疑で逮捕され、4月投票の市長選出馬を断念していた。
    1980年2月9日、当時刑事事件の被告人であった佐藤(当時53歳)が妻(当時45歳)とともに尾道市浦崎町[1]の自宅で殺害された。夫婦は二階の寝室で首をかき切られ惨殺されていた。当時同家は次女(当時25歳)が同居していたが、彼女は看護学校へ朝出かけた時には不審な点はなかったという。
    犯行現場となった佐藤宅であるが、電話線が切断され自宅内を物色された痕跡があり、計画的犯行の可能性が高かった。また医師で政治家という職歴から怨恨の可能性もあるほか、強盗殺人の可能性もあった。そのため被疑者は多数に及ぶことになった。捜査を担当した広島県警察福山西警察署[2]は、捜査本部に夫婦の遺影を掲げ捜査したが、被疑者を特定することが出来ず、1995年2月に刑法の公訴時効を迎え迷宮入り事件となった。
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    DATE: 2010/05/27(木)   CATEGORY: 1961年
    【#18】因島毒饅頭事件
    因島毒饅頭事件(いんのしまどくまんじゅうじけん)とは、毒饅頭(どら焼き)による殺人事件とされている。地元の噂から捜査機関によって証拠が全く存在しないにもかかわらず、犯人として被害者の親族の男性が逮捕起訴されたが冤罪であったことが裁判で確定した。

    概要


    1961年(昭和36年)1月8日、広島県因島市(現在:尾道市因島)の農家で農薬の付いた饅頭を食べた女児(当時4歳)が死亡した。この事件は状況から不幸な事故の可能性が高かったが、女児の農家では1957年から1959年にかけて一緒に生活していた農家の兄夫婦と農家の次女と三女が死亡しており、農家の男性(当時32歳)に対し地元では根拠のない噂として殺害したのではないだろうかとささやかされていた。
    そのため、地元の「密告」によって捜査機関が動き出し男性を1961年2月2日に逮捕し、男性も5人を「殺害」したと「自供」した。

    裁判


    男性が「自白」したとして起訴したが、起訴されたのは女児と他の女性3人に対する殺人未遂であった。そのうえ、起訴された事件にしても饅頭の入手方法(近所で事件当時販売している店がなかった)や農薬の添付の方法など、直接の証拠がなく自白も二転三転していたため信憑性がないものであった。それにもかかわらず1審の広島地方裁判所尾道支部(1968年7月)は懲役15年を宣告した。
    しかし、2審の広島高等裁判所(1974年12月10日)は、被告人の自白に信用性がないとして無罪を言い渡し、冤罪であったことが確定した。結局のところ地域社会の根の葉もない噂だけによって逮捕起訴した捜査機関の軽挙が冤罪を生み出した原因であったといえる。
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