あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/05/28(金)   CATEGORY: 1987年
    【#42】群馬小2女児殺害事件
    群馬小2女児殺害事件(ぐんましょうにじょじさつがいじけん)とは1987年に発生した殺人事件。

    概要


    1987年9月15日、群馬県尾島町に住む小学校2年生大沢朋子ちゃん(当時8歳)が子猫を抱いて自宅近くの尾島公園へ遊びに出かけたまま行方不明になる事件が発生。

    午前11時ごろ子猫を抱いて自宅近くの尾島公園に。午前11時半ごろに公園から600m離れた町道を朋子ちゃんが自転車を押した男に連れられて歩いているのを同級生や町民が目撃。Tシャツにスカートでサンダル履き。子猫は抱いていなかった。

    1988年11月27日、公園から約3キロ離れた利根川河川敷で釣り人が散乱した子供とみられる白骨死体の一部を発見。白骨死体は頭蓋骨を中心に、2~3メートルの範囲に散乱していたが、両腕の肘から先と両脚の膝から先が発見されなかった。警察は最後の目撃現場から近い場所であったこと、行方不明の時期と死亡推定時期がほぼ一致すること、白骨死体の血液型が朋子ちゃんと同じであったことから、白骨死体は行方不明となった朋子ちゃんである断定した。遺体発見現場から着衣など遺留品はほとんど無かった。
    捜査当局は延べ約5万9000人の捜査員を投入。捜査対象は約780人に及んだが容疑者を特定できず、2002年9月15日に公訴時効が成立し、未解決事件となった。

    犯人像


    30歳前後、髪はぼさぼさで白髪交じり、自転車は前かごがついていないタイプ

    その他


    身代金目的の誘拐殺人事件としては戦後日本では捜査機関が犯人を特定できなかった唯一の未解決事件となった功明ちゃん誘拐殺人事件がこの事件の現場から約30キロほどの距離だった群馬県高崎市でこの事件の前日(9月14日)に発生し、同じ時期に公訴時効を迎えている。
    1988年8月22日から東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件を起こしていた宮崎勤は3人目の女児を殺害した後で、1989年3月11日に「今田勇子」名義で犯行声明ともとれる告白文を朝日新聞本社と殺害された女児の家に送っているが、その告白文で昨年1988年に河川敷で白骨遺体が発見された群馬小2女児殺害事件について触れている。宮崎勤が犯した4事件の内の2事件が白骨遺体が両腕の肘から先と両脚の膝から先が分かれていたことや白骨遺体の現場が河川敷だったことなど、群馬小2女児殺害事件と共通点があった。そのため群馬小2女児殺害事件を宮崎勤の犯行と疑うメディアもあったが、殺害時期が宮崎勤の第1の殺害事件から1年近く前であることや事件現場がやや離れていることなどの問題があり、また宮崎勤と結びつける証拠がみつかなかったため宮崎勤の犯行としては立件されなかった。
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    DATE: 2010/05/28(金)   CATEGORY: 1979年
    【#33】北関東連続幼女誘拐殺人事件
    北関東連続幼女誘拐殺人事件(きたかんとうれんぞくようじょゆうかいさつじんじけん)とは1979年以降、栃木県群馬県で発生している誘拐殺人事件である。

    概要


    1979年以降、北関東において幼女の誘拐事件が起きている。その内、栃木県群馬県の県境であり半径20キロ以内で発生した5事件がまとめて「北関東連続幼女誘拐殺人事件」とされることが多い。
    事件の特徴として、誘拐または行方不明となったのが4歳から8歳までの女子児童である点、3事件においてパチンコ店が誘拐又は行方不明現場になっている点、3事件において河川敷での死体遺棄になっている点が共通点としてあげられている。5事件とも未解決事件となっている。
    日本テレビの報道特別番組『ACTION』で、記者の清水潔が「5件の事件は連続事件なのではないか」とする観点から2007年1月から報道を続けている。同番組では、「足利事件」の被疑者が1991年に逮捕されて身柄拘束中であるにも拘らず、その5年後に類似事件の「太田市パチンコ店女児連れ去り事件」が発生したことから、「足利事件の解決」が不自然であるとし、逮捕された菅家利和氏は冤罪の可能性があるとしてキャンペーン報道を展開。菅家氏のDNA再鑑定の必要性を訴え続け、再鑑定が実施されたところ、真犯人と菅家氏のDNA型は一致せず釈放となった。

    一連の事件


    一連の事件の位置関係
    33_map


    1979年の殺人事件
    1979年8月3日、栃木県足利市の女児福島万弥ちゃん(当時5歳)が自宅近くの八雲神社境内で遊んでいるうちに行方不明となる事件が発生。6日後の8月9日、渡良瀬川近くでリュックサック詰めで全裸遺棄されている万弥ちゃんの遺体が発見された。リュックサックは市内の業者の特殊仕様によるもので数10個しか売られていなかった。
    また、行方不明になる直前にはトレパン姿の30歳ぐらいの男と話しているのを近所の主婦が目撃している。

    ・1984年の殺人事件
    1984年11月17日、栃木県足利市の女児長谷部有美ちゃん(当時5歳)がパチンコ店「大宇宙」から行方不明となる事件が発生。
    有美ちゃんは両親がパチンコをしているあいだ、店内や店の外で遊んでいたが、いつのまにか姿が見えなくなった。両親がいないことに気づいたのは午後6時ごろで、店の周囲を探し回ったが見つからず、足利署に届け出た。
    4日後、有美ちゃんの通う幼稚園に、有美ちゃんと見られる女児と40~50代ぐらいの男からの電話が入る。
    電話を受けたのは園長で、1回目は午後4時過ぎで、女児の声で「せんせい・・・」と言っただけで切れた。その3分後、再び電話が入り、女児は「せんせい、いま、こうせいびょういんにいる」と泣き声で訴え、続いて男が有美ちゃんの自宅の電話番号を聞いてきた。
    午後4時21分頃、今度は有美ちゃんの自宅に電話が入る。女児は「たすけてちょうだい」とか細い声で話し、父親が所在を問うと「佐野のこうせいびょういん」と答えた。
    通報を受けた足利署はすぐに佐野市の「佐野更生病院」、足利市の「更西病院」、さらに群馬県桐生市、館林市の厚生病院に捜査員を急行させたが、有美ちゃんの姿はなく、捜査本部は後にこれをイタズラ電話と断定している。

    1986年3月7日、有美ちゃん宅から1.7kmほど離れた同市大久保町の市立大久保小学校東側の畑で、飼い犬がさかんに土を掘ろうとするので、畑の所有者が掘ってみたところ、女児の衣類が見つかった。
    翌朝から捜査員がこの畑を発掘捜査してみると、他の衣類と子供の白骨死体が見つかり、これが有美ちゃんであることがわかった。

    ・1987年の殺人事件
    1987年9月15日、群馬県尾島町に住む小2女児大沢朋子ちゃん(当時8歳)が子猫を抱いて自宅近くの尾島公園へ遊びに出かけたまま行方不明に。翌年の11月27日、利根川河川敷で白骨死体の一部が発見された。
    詳細は「群馬小2女児殺害事件」を参照

    ・1990年の殺人事件
    1990年5月12日、栃木県足利市の女児松田真実ちゃん(当時4歳)がパチンコ店から行方不明となる事件が発生。5月13日に渡良瀬川河川敷で全裸遺棄された真実ちゃんの遺体が発見された。1991年12月2日、DNA鑑定で犯人と同一人物だったことで同市内に住む幼稚園バスの運転手が逮捕され、2000年7月17日に無期懲役判決が確定。しかし、当時のDNA鑑定は精度が低いことが指摘され、2009年5月に再度DNA鑑定を実施した際に被疑者と犯人と同一人物ではないという結果が出たため、同年6月に刑が執行停止となり、釈放された。
    詳細は「足利事件」を参照

    ・1996年の失踪事件
    1996年7月7日、群馬県太田市の女児横山ゆかりちゃん(当時4歳)がパチンコ店から行方不明となる事件が発生。この事件は女児の行方が発見されていないため、殺人事件ではなく失踪事件となっている。
    詳細は「太田市パチンコ店女児連れ去り事件」を参照

    その他の未解決事件


    上記の5事件以外でも栃木県群馬県では幼女に関する未解決事件が発生している。
    ・1985年の失踪事件
     1985年10月10日午後1時半ごろ、栃木県日光市西小来川の母親の実家に帰省していた真岡市内に住む佐々木奈保子ちゃん(当時3歳)の行方がわからなくなった。奈保子ちゃん実家に一家5人で帰省し、魚釣りに行った姉と兄のあとを追って実家近くに流れる幅4メートル、深さ40センチの沢に向かったまま行方不明となる事件が発生。

     奈保子ちゃん一家は10日の正午ごろ実家に遊びに来た。午後1時半に長女(10歳)と長男(8歳)の後を追って沢に向かったところまでが確認されている。午後2時ごろ長女と長男が実家に戻ってきたときいなくなったことに父親が気付いて警察に通報した。
     警察では沢に転落して流された、山林に迷い込んだ、誰かに連れ去られたかの3つの可能性を考えて1200人体制で捜索したが見つからなかった。
     現場は日光市内であるが観光地とは無縁の山奥で外部の人はあまり訪れない。訪れるのは沢で渓流釣りを楽しむ人ぐらいだ。
     警察では沢に転落しても流されるような状況ではなく、事故であれば大規模な捜索で見つかるはずで、誘拐された可能性で捜査を続けたが、手がかりがなく「時効」を迎えている。

    ・1987年の誘拐殺人事件
    詳しくは「功明ちゃん誘拐殺人事件」を参照。ただし、被害者は、男の子である。

    ・2005年の殺人事件
    2005年12月1日、栃木県今市市(現日光市今市)木和田島、会社員、吉田正信さん(当時41歳)の二女で同市立大沢小1年、吉田有希(ゆき)ちゃん(同7歳)が下校途中に行方不明になり、同2日午後、約65キロ離れた茨城県常陸大宮市三美の山林内で胸を複数回刺された遺体で見つかった。
    詳細は「栃木小1女児殺害事件」を参照
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    DATE: 2010/05/27(木)   CATEGORY: 1996年
    【#25】太田市パチンコ店女児連れ去り事件
    太田市パチンコ店女児連れ去り事件(おおたしパチンコてんじょじつれさりじけん)とは1996年7月に横山ゆかりちゃん(当時4歳)が行方不明になった事件。何者かに連れ去られた可能性が高いと見られている。

    概要


    1996年7月7日(事件当日)
    午前10時半頃
    パチンコ好きの夫婦は群馬県太田市のパチンコ店にゆかりちゃん(当時4歳)と次女(当時7カ月)を連れてきた。次女はパチンコをしている親に抱かれていたが、ゆかりちゃんは親の手から離れて暇つぶしに店内を散策して遊んでいた。

    正午頃
    母親は店内で弁当を買い、ゆかりちゃんと次女を連れて駐車場の車内で昼食を取った。母は午後からも同じようにパチンコを始めたが、しばらくしてゆかりちゃんが「もう一度食べたい」とパチンコ台の方にやってきた。そこで母はゆかりちゃんを出入り口付近にある長椅子に座らせ、そこで弁当を持たせた。

    午後1時40分頃
    父は長椅子に座っているゆかりちゃんを目撃している。
    しばらくすると、ゆかりちゃんは母のところにやってきて、「…のおじちゃんがいるよ」と言ってきた。この時の声は店内に鳴り響く騒音にかき消されよく聞き取れなかった。「おじちゃん」という言葉だけ理解できた母はゆかりちゃんに「ちゃんと座っててね」「ついてっちゃだめよ」とだけ言い、パチンコを打っていた。

    午後1時50分頃
    母がゆかりちゃんの姿が見えないのに気づく。ゆかりちゃんが座っていたはずの長椅子にはジュースと食べかけのおにぎりが残されていた。夫婦は駐車場、国道などを捜したがゆかりちゃんの姿は見えなかった。

    午後2時10分
    警察に通報

    事件から2日後の9日午前8時、機動隊員70名を動員して広範囲を捜索したが見つからなかった。また、パチンコ店の客や周辺などに聞きこみ捜査では、ゆかりちゃんが行方不明になったのと同じくらいの時刻に「白い乗用者に4歳くらいの女の子が乗りこんだ」という目撃証言もあった。しかし、パチンコ店には大勢の客がいたがパチンコに熱中するあまり、店内に一人でいる女の子の様子に注目していた人がいなかったため、それ以上の目撃証言は得られなかった。
    2010年4月現在、ゆかりちゃんの行方はわかっていない。2006年7月から1年間、太田市のパチンコ店で組織された太田遊技業防犯協力会は、ゆかりちゃん発見につながる有力情報の提供者に謝礼金300万円を限度に提供する制度を設けていた。

    防犯カメラに映ったサングラスの男


    店内で記録していた防犯カメラに帽子とサングラスを身に着けていた不審人物が確認された。
    男は事件当日の午後1時27分ごろ店に入ってきた。男はまず店の奥の目立たない場所にあるトイレに寄ったと思われる。約3分後、トイレから出てきた男は、パチンコ台の前で座ったり、両替したりするわけでなく、ただ店の中を徘徊していた。男が店の中を徘徊している時に、景品コーナーの前でゆかりちゃんとすれ違っている。
    1時33分、男は長椅子に座っていたゆかりちゃんの右隣に座った。ゆかりちゃんの右隣の男はタバコを吸い、灰皿を手を伸ばして使っている。やがて、男はゆかりちゃんに話しかけを見せ、右手で3回店内の外を指差した。
    1時42分、男はゆかりちゃんを残して席を立った。その後、ゆかりちゃんは両親の元に向かい話しかけていた。そして1時45分頃、ゆかりちゃんは出口方面に向かった。しかし、出入り口付近はカメラの死角となっており、店を出る2人の姿は映っていない。
    警察は「サングラスの男」を最重要参考人として考え、1996年12月6日、「サングラスの男」の映像とイラストを描いたポスターを作成して公開した。

    最重要参考人の特徴


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    ・身長は158cm前後
    ・帽子とサングラスを身に着けていた
    ・鼻がかなり高い
    ・頬骨が張って、顎がやや突き出ている
    ・頬がこけている

    パチンコ店連続幼女誘拐事件との類似点


    過去には太田市の近くである栃木県足利市で1984年と1990年に、この事件と同様にパチンコ店で女児が連れ去られる事件が発生し、両事件の女児が殺害される事件が起こっている(北関東連続幼女誘拐殺人事件)。1990年の足利事件は1991年12月2日にDNA鑑定を根拠に男性が逮捕されて自供したが、裁判では無実を主張。その後、当時のDNA鑑定の精度が低かったことが指摘されて冤罪疑惑が指摘されたが、男が勾留中の1996年に近くで同様の本事件が発生したため、冤罪疑惑をさらに強めるものとなった。足利事件の容疑者の男は2000年7月17日に無期懲役判決が確定し服役していたが2010年3月に再審無罪となった。
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