あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/06/03(木)   CATEGORY: 1993年
    【#110】阪和銀行副頭取射殺事件
    阪和銀行副頭取射殺事件(はんわぎんこうふくとうどりしゃさつじけん)とは1993年に起こった殺人事件。2008年8月、公訴時効を迎えた未解決事件

    概要


    1993年8月5日午前7時50分頃、阪和銀行副頭取(当時62歳)が和歌山市の自宅から出勤するため、ハイヤーに乗り込んだところを男に拳銃で撃たれ死亡した。
    犯人の男は年齢40才程度、身長165センチから170センチ、服装はうす緑色の作業服上下を着て、サングラスと白いヘルメットを被っていた。
    4年後の1997年、阪和銀行が複数の暴力団・右翼団体などの反社会団体に対して不正融資を行ったとして、和歌山県警に特別背任容疑で阪和銀行幹部が逮捕される。不正融資事件の捜査の結果、警察は阪和銀行が「特殊案件貸し出しリスト」を作成していたことを見つけ、暴力団・右翼団体などの反社会団体に総額14億5000万円の不正融資をしていたことが発覚した。この不正融資事件には殺害された副頭取も嫌疑にかけられていたが、死亡していたため書類送検止まりで起訴されなかった。
    警察は不正融資事件と副頭取射殺事件が結ばれているとして捜査を進める。また、犯人は銃の扱いに慣れていること、阪和銀行の不正融資が射殺事件に関連しているとして、暴力団や右翼団体などの闇社会の犯行を視野に捜査を進めるが、物証が少なかったために犯人特定ができなかった。
    2008年8月5日、公訴時効が成立。
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    DATE: 2010/06/03(木)   CATEGORY: 1993年
    【#105】八戸市女子中学生刺殺事件
    八戸市女子中学生刺殺事件(はちのへしじょしちゅうがくせいしさつじけん)とは、1993年10月に、青森県八戸市に住む中学2年(14歳。当時)の女子生徒が、自宅で刺殺体となって発見された事件。
    2008年10月に殺人罪の公訴時効(15年)を迎えた(未解決事件)。

    概要


    1993年10月27日、八戸市城下4丁目で、中学2年生の女子生徒(14)が自宅で刺殺され、病院で働く母親(46)が帰宅して発見した。玄関のガラス戸が割れ、外側に向かって破片が飛び散っていた。室内に物色された形跡はなかったが、玄関、居間、風呂場の脱衣所の3か所の窓が施錠されていなかった。
    犯行は、住宅密集地の、細い路地を入った被害者の自宅で、短時間のうちに行われた。そのため、当初は「すぐに犯人は逮捕される」と思われていた。青森県警は12万人の捜査員を投入し、重要参考人を含む約600人から事情を聴いたが、結局手掛かりは得られず、2008年10月27日午前0時、殺人罪の公訴時効(15年)を迎えた。
    当日の経過 [編集]
    7時25分
    被害者が、登校のため家を出る。
    7時30分
    次男、登校のため家を出る。
    母親も家を出る。施錠し、乗用車で出勤。
    14時25分
    授業が終了し、清掃時間となる。
    15時30分~17時30分
    部活(陸上競技)で河原を走る。
    17時40分~45分
    三人で下校する。
    「今日は早く帰らなきゃ」という理由で、よく立ち寄る食料品店には寄らず。
    17時53分
    JR本八戸駅前で友達と別れ、一人で自宅へ向かう。
    17時58分
    被害者宅の明かりが点いていないのを、通行人が確認。
    18時00分頃
    被害者が帰宅。
    18時15分~20分
    近所の16人が、被害者宅の玄関のガラスが割れる音を聞く。
    1人は外に出て確認したが、誰もいなかった。
    「助けて」の声も聞いた者もいた。
    18時23分頃
    母親が帰宅。玄関に鍵は掛かっていなかった。
    被害者が6畳間で倒れているのを発見。
    18時25分
    近所の人が助けを求められ、110番通報。
    18時27分
    119番受理。
    18時38分以降
    救急隊員が死亡確認。
    被害者と室内の様子 [編集]
    発見時は仰向けの状態で、口には粘着テープが張られ、両手は後ろ手に粘着テープで縛られていた。
    上半身は、学校指定のジャージーにパーカーを羽織っていたが、下半身は裸で座布団が掛けられていた。しかし、乱暴された跡はなかった。
    トレーナーのズボンと下着は、頭の右横の方に落ちていた。
    自宅で使われていた包丁が右足の横に落ちていたが、血も指紋もついていなかった(凶器としては使われていない)。
    左首、右ふくらはぎ、左ひざなど数カ所に傷があった。致命傷は心臓を貫通する刺し傷であり、死因は失血死だった。
    玄関のガラス戸が割れ、外側に向かって破片が飛び散っていた。被害者の左ひざには傷があった(「逃げようとしてガラス戸を割った時にできた」と思われている)。
    廊下から玄関には、痕跡が残っていた。「玄関まで逃げ、ひざでガラス戸を割ったあと犯人に捕まり、部屋まで引きずり戻された」と思われている。
    殺害場所(寝室)以外で血痕があったのは、玄関付近の廊下1か所だけである。「玄関から引きずり戻す時に、心臓を刺した」と思われている。
    室内に物色された形跡はなかったが、玄関、居間、風呂場の脱衣所の3か所の窓が施錠されていなかった。
    極めて短時間での殺害 [編集]
    被害者は、事件当日は18時頃に帰宅。母親は、18時23分頃に帰宅している。従って、犯行は20分ほどの間に行われている。
    被害者のひざの傷が、「玄関のガラスを割った時に付いたもの」だとすると、18時15分~18時20分頃にガラスが割れる音を近隣の人たちが聞いていることから、母親が帰宅するまでの3分間から8分間に殺された可能性がある。
    ガラスが割れる音と共に「助けて」の声もあった、と報道されていることから、口に粘着テープを張られたのはその後と考えられている。

    遺留品、目撃証言など


    犯人の遺留品 [編集]
    いずれも、遺体が見つかった部屋(寝室)の隣の部屋のコタツの上にあった。
    タバコの吸殻2本
    タバコのナンバーから、日本たばこ産業盛岡工場で製造されたパックのマイルドセブンライトとみられる。
    被害者の家族で、タバコを吸う者はいない。
    缶コーヒーの缶
    灰皿代わりに使われていた。吸殻と同じく、犯人の遺留品と見られている。
    指紋は検出されなかった。
    布製粘着テープ
    被害者の口に貼られていたものと同じ。日東電工社製の布製の粘着テープと見られている。
    750ナンバーの段ボール色で、幅のサイズは5cm。
    現場付近では、JR本八戸駅前のスーパーだけで売られていた。紙製より値段が高い。「一日に一本売れるかどうか」、という商品で、買う人は少ないという。
    不審者、不審な車 [編集]
    不審者
    「犯行直後に現場付近から走り去った、中年の男性」が住民に目撃されている。
    不審な車
    事件直後の18時30分頃、被害者宅の斜め後ろ(現場の西側に当たる)にある駐車場から、走り去った軽自動車が目撃されている。
    車種は三菱製「ミニカトッポ」(90-93年型)で、色は黄色。
    車の後部のガラスの内側にはビニール製の赤い唇の飾りがあり、後部側面の白い網のアクセサリーがあった。
    この車は、同年8月ごろから無断駐車されていた。
    この車を運転していたのは、薄手の白いシャツを着た男で、ネクタイはしていなかった。
    事件後この車は見られなくなり、所有者は分かっていない。
    同型車で、「県内と岩手県北で登録された物」と、「県内を走っていた他県ナンバーの同型車」は約1900台。青森県警は、そのうち約680台(黄色の車両)を捜査した。

    家族構成など


    被害者は長女で、両親と2人の兄がおり、5人家族。
    父親(47)は、単身赴任のような感じであり、地方の仕事で家を空けることが多かった。事件当日も不在。
    長男(21)も仕事で他県に出ていた。
    当時同居していたのは、母親と高校生の次男(16)と被害者の3人だったが、事件発生時は母親と次男は家にいなかった。
    家の鍵は、母親と次男、被害者の3人がそれぞれ持っていた。
    家は平屋建て。裏には広い駐車場があった。
    青森県警は、1995年度までDNA型鑑定は導入していなかった。これは、47都道府県の警察で、最も遅い部類である。

    報道された捜査内容


    「毎週水曜のバレエ」と、待ち合わせの可能性 [編集]
    被害者は毎週水曜日にバレエを習っていた。事件があった10月27日も、母親に車で送ってもらうはずだった。
    レッスンは19時からで、いつもは18時50分頃に家を出ていたという。母親は、普段は19時30分頃に仕事から帰るが、水曜日は一緒にバレエに行くため、18時30分前後に帰宅していた。
    このため、被害者も18時30分までに帰宅すればいいことになるが、「今日は18時までに帰宅し、18時20分頃までは家にいなければならない」と友人に話していたことが分かっている。友人が理由を聞いても、バレエのレッスンのことも言わず、理由を濁していたという。
    「被害者が1人だけになる時間帯」に、「家族と会う確率も高く、居合わせても疑われない人物」と会う約束をしていた可能性に、警察も着目していた。
    被害者は、この日に届いていた「発表会用の衣装」を見ることはできなかった。
    包丁を持ち出したのは、どちらか? [編集]
    被害者の右足元近くには、台所にあるはずの小型の出刃包丁が落ちていた。血痕が全く付着しておらず、凶器としては使われていない。
    犯人は、凶器をあらかじめ準備していたと見られている。「だれが、どのタイミングで、何の目的でこの包丁を台所から持ち出した」のか、警察も着目していた。
    被害者は、帰宅した後、部屋にかばんを置き、六畳居間の室内灯をつけ、コタツのスイッチも入れたと見られている。
    「帰ってすぐ犯人に襲われた」とすると、被害者が包丁を台所から持ち出すことはほとんど無理と考えられる。台所にもみ合った跡などもないので、「犯人を振り切って台所に行き、包丁を取り出した」とも考えられない。逃げるのならば、玄関がすぐ近くにあるので、外へ逃げることも可能だったと思われる。
    また、「犯人が台所から包丁を持ち出しておいて、刺す時だけあらかじめ準備していた凶器に取り替えた」とも考えにくい。
    台所に血痕がない点から、「負傷する前に、被害者が威嚇・防衛などの目的で持ち出した」可能性もあると、警察は見ている。
    つまり、「警戒感を抱かない顔見知り」か、「そのほかの訪問者」を玄関で迎えた後に身の危険を感じ、持ち出したが奪われ、放置された、という可能性もある。これは、「被害者と犯人が、顔見知りかどうか」を判断する、重要なポイントになっている。
    顔見知りの犯行? [編集]
    遺体には、ひざ、ふくらはぎ、首に切り傷があったほか、致命傷は心臓を貫通する刺し傷だった。
    「犯行後に逃走すれば、事件との関連がわからなくなる人物」や、「顔を目撃されても、自分の立場が危うくならない人物」が、「明確な殺意を示す部位である、心臓を狙う可能性は低い」ことから、「被害者の証言で、自分の犯行が明らかになってしまうことを恐れたために、徹底的に攻撃を加えた可能性もある」と、警察は見ている。
    このことから、「被害者と犯人とは顔見知りである可能性」も視野に入れ、捜査をしていた。
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    DATE: 2010/06/03(木)   CATEGORY: 1995年
    【#104】八王子スーパー強盗殺人事件
    八王子スーパー強盗殺人事件(はちおうじスーパーごうとうさつじんじけん)は、1995年7月30日に東京都八王子市で3人が射殺された強盗殺人事件。
    現場となった店名からナンペイ事件ともよばれる。犯人は検挙されておらず、2010年4月現在で未解決。捜査特別報奨金制度対象事件で、その中で発生したのが最も古い事件である。殺人罪など最高法定刑が死刑の罪について、公訴時効を撤廃した上で遡及適用する改正刑法及び刑事訴訟法が、2010年4月27日に施行されたため、本事件についても公訴時効が撤廃され捜査継続が決まった。

    概要


    1995年7月30日午後9時15分から20分頃、八王子市大和田町のスーパー「ナンペイ大和田店」の2階事務所に拳銃強盗が押し入り、3人を射殺して逃走。
    被害者は、パートの女性A(47歳)、アルバイトの女子高生B(17歳)と女子高生C(16歳)の3人(年齢は、いずれも事件当時)。
    犯行時間は数分間(被害者Aの知人が、迎えに来るまでの間)。
    犯人は何も奪わずに逃走している。「金庫を開けようとした形跡もない」との情報もあり、金銭目当てではない可能性もある。
    女子高生2人は布製の粘着テープで手足を縛られ、至近距離から後頭部に1発ずつ発砲され、即死の状態だった。
    パートの女性は、体は縛られていなかった。後に、「鋭利な刃物で、腹部に致命傷にならない傷を負わされた後、銃弾2発を撃ち込まれていた」ことが判明。
    強盗と怨恨の両面から捜査しているが、犯人の目撃情報がなく、捜査は難航している。使用された拳銃は、フィリピン製のスカイヤーズビンガム。
    事件当日 [編集]
    『真相報道 バンキシャ!』2007年7月29日放送分より。
    時刻不明
    女性A(47歳)が出勤。知人男性に車で送ってもらう。
    閉店後、一緒に小料理屋に行く約束をしていた。
    時刻不明
    女子高生B(17歳)が自転車で出勤。自宅からスーパーまでは2、3分の距離。
    17時00分
    2人が勤務につく(Aは3号レジ、Bは2号レジ)。
    男性従業員が退社(以後、従業員は女性のみ)。
    17時30分
    買い物客が、「店の前をうろつく、不審な50代の男」を目撃する。白いシャツにグレーのズボン姿だった。
    18時30分
    北の原公園で、地元自治会の盆踊り大会が始まる。店の周辺は、太鼓と曲で騒がしくなった。
    スーパーから公園までは、約100m。盆踊り大会は、毎年行われている。
    18時50分
    非番の女子高生C(16)が、家から自転車で店に向かう。Bに会うためと、勤務予定を確認するため。
    19時59分
    Cが、「Bの横で、仕事が終わるのを待っている」様子を、買い物客が見ている。「終わったら祭りに行く」と話しているのも聞いている。
    20時00分
    店にいるのは、Cを含め女性3人のみ。
    Aは閉店(21時)より1時間早くレジを閉め、3号レジの売上金を2階の事務所に持って行く。
    20時30分
    レジ周辺は、女子高生B、Cの2人のみになる。
    店内に、「何も買わずにうろつき、あたりの様子を伺う40代から50代の男性」がいたことが、目撃されている。
    20時51分
    閉店間際、Cが牛乳や卵を購入(レシートから判明)。
    21時00分
    公園では炭坑節が始まり、盆踊りが佳境に入る。
    閉店時間。Bは2号レジの売上金を持ち、2階の事務所へ行く。
    売り上げ係だったAが、売上金を受け取る。金庫に入れダイヤルを回し、施錠する。
    21時03分
    盆踊りの最後を飾る太鼓の演奏が、周囲に大きく響き渡る。
    21時06分
    Aが店内の戸締り、消灯を行う。
    スーパーの横の路地に男の人影があったのを、運転中の住民が目撃。男は車のライトに顔を伏せた。
    21時07分
    盆踊りが終了。周囲は静かになる。
    21時15分
    事務所から、Aが知人男性に電話。迎えを頼む(通話記録より判明)。
    21時17分
    近くの路上で、高校生カップルが、スーパーからの5発の銃声を聞く。
    Aが電話してから、路上の高校生が発砲音を聞くまで、約2分30秒。
    21時20分
    Aの知人男性がスーパーに到着。駐車場に車を停め、Aが出てくるのを待つ。
    21時45分
    Aが出てこないので、「先に行ってしまった」と思い、確認のため小料理屋に向かう。
    21時45分以降
    小料理屋にAがいなかったので、不審に思う。小料理屋の女将を乗せ、2人でスーパーに向かう。
    22時00分
    女将が事務所に入る(中で女性が着替えているかもしれないので)。
    事務所の鍵は開いていた。
    女将が、事務所入口付近で声をかけても返事もなかった。誰もいないようなので車に戻る。
    女将は身長が150cmぐらいで、室内の奥まで見えていなかった。
    知人男性と女将が、2人でもう一度事務所に入る。撃たれていた3人を発見する。
    室内と被害者の様子 [編集]
    発見時、事務所の鍵は開いていた。
    A、Bは制服を着替えて私服になっており、帰る直前に押し入られた様子だった。
    Aは、「事務所の奥にある金庫」の横に、頭をもたれるような形で倒れていた。事務所入口側には足を向けていた。
    Aは頭部を2発撃たれており、縛られていなかった。
    「銃口の熱で、皮膚が焼けた痕跡」が残されていた。
    BとCは部屋中央、金庫の手前で倒れていた。頭を事務所入り口側に向ける形だった。
    BとCは、それぞれ頭部を1発ずつ撃たれ、口を粘着テープでふさがれていた。
    BとCは、それぞれの片手を粘着テープで一緒に巻かれ、背中合わせにされていた。その粘着テープはよじれていた。
    犯人は片手に拳銃、片手に粘着テープを持っていたことが推測される。
    被害者の周囲の床は、血溜まりが出来ていた。
    犯人は血糊を踏まずに逃走した。
    金庫にも発砲した跡があった(1発のみ)。室内は荒らされていなかった。

    動機


    強盗説 [編集]
    売上金を狙って押し入った、と推測されるケース。
    金庫のダイヤルの番号がすぐにでてこなかったので、発砲して逃げた。
    発砲したことで気が動転し、すぐに逃げた。
    2件が考えられる。
    怨恨説 [編集]
    金庫内の週末の売上金(526万円)は、盗まれていなかった。
    犯人の動線が、「事務所にまっすぐ入り、まっすぐ出て行って」いた。室内を物色した痕跡は、一切ない(机の引き出しを開ける、などの形跡がない)。
    「金庫の開け方が分からず、殺害された」という説もあるが、Aは金庫の開け方を知っていた。
    被害者らの財布にも手をつけていない。
    3人とも脳幹を確実に撃ち抜き、即死させている。
    Aは生前、「カッターの刃入りの脅迫文を送りつけられる」嫌がらせを受けていた。「このままだと命がないぞ」という内容だったことが、警察の調査からわかっている。

    犯人像


    足跡は事務所内で約10個採取され、実行犯は1人と断定された。
    足跡の付着物からは、微細な鉄粉と粘土、コケが採取された。鉄粉は溶接の際に飛散したと見られ、溶接作業に従事していたか、鉄工所などに出入りしていた可能性があると見られている。
    至近距離から発砲し、3人とも脳幹が確実に射抜かれていたことから、「銃の扱いに詳しく、撃ち慣れている人物」と思われる。
    使用されたフィリピン製の銃は性能が高くなく、命中率が悪いもの。この点からも、「銃に詳しい」ことが推測される。
    粘着テープには、犯人のものとみられる指紋の一部が付着していた。事務所内の机には手袋痕もあるため、「犯人が粘着テープを使う際、手袋を脱いで素手で扱った」可能性がある。
    靴底は広島県のゴムメーカー製で、運動靴など約30種類で使用されていた。多摩地区では、パルコの吉祥寺店、調布店などで、10,000円~15,000円で販売されていた。
    使用された凶器、道具 [編集]
    拳銃は、フィリピン製のスカイヤーズビンガム(リボルバー38口径)。
    犯人に関する報道 [編集]
    週刊文春2001年11月22日号
    「犯人の実名を挙げた、暴力団関係者の手紙が存在する」と報じた。
    この手紙は、別件で拘置されていた暴力団関係者が、別の拘置所の知人に宛てたもの。
    自身が事件の一部に関与したことを示唆し、「実行犯として、元自衛官の実名を挙げていた」、とされる。
    産経新聞、日本テレビ等(2003年)
    「2002年に逮捕された、70歳代(報道当時)の男が、事件に関与しているのではないか?」との報道が行われた。
    理由
    「この男が、大阪市内の信用金庫で起こしたとされる、強盗未遂事件(1997年)」で使用された銃弾の線条痕が、事件の現場で発見された銃弾のものと酷似している。
    事件当時、男が八王子周辺に居住していた。
    しかし、具体的な関与は不明で、検挙に至っていない。
    この男は、拳銃を使用した銀行強盗や、現金輸送車襲撃事件を繰り返していた。
    26歳の頃には、銀行強盗を企てた。同じ年に、職務質問してきた警察官を射殺し無期懲役判決が下った。しかし、仮出所中に凶悪な事件を繰り返していた。
    この男は、警察庁長官狙撃事件でも名前が挙がった。
    「新潮45」へ寄稿した手記では、本件への関与を全面否定している。
    2007年7月、大阪地方裁判所は、「男の実名を挙げ、殺人鬼と決め付けた週刊新潮」に対し、「記事には真実と信じる相当な理由はない」として名誉毀損を認定し、賠償金80万円の支払いを命じている。
    中国からの情報(2009年3月)
    「覚醒剤所持の罪で、死刑が確定している日本人男性T死刑囚」のUが、「知人がナンペイ事件に関与した」と、「中国公安当局に証言した」と報じられ、日本の捜査当局も面会し事情を聴いた。同死刑囚は、中国・大連刑務所にて2010年4月9日午前9時(日本時間同10時)、死刑を執行された。
    その知人のTも、同様に中国にて死刑が確定しており、警視庁八王子署捜査本部は、捜査員の派遣を中国に要請していたが、同じ日に死刑が執行された。

    その他

    「レジを閉めたあと、売上金をむき出しのまま、暗い駐車場を通り、事務所まで運んでいた」ことは、普段から従業員に不安視されていた。
    この日は、不審者や不審車両が数多く目撃されていたが、特定には至っていない。
    犯行時間前に、「現場近くで停車し、犯行時間後に近くの交差点を走り去る、白の乗用車」が目撃されているが、容疑者の特定には結びついていない。
    ナンペイ大和田店は、事件後「ひまわり」に改名したが、1998年に閉店。建物は解体され、現在は駐車場になっている。
    被害者の一人が通っていた、東京都内の私立高校では、事件後、学校関係者などによる「銃器根絶を考える会」を結成。毎年行われる文化祭や街頭活動などを通して、「銃器犯罪の恐ろしさ」を訴え続けている。
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    DATE: 2010/06/03(木)   CATEGORY: 1994年
    【#101】 日本テレビ郵便爆弾事件
    日本テレビ郵便爆弾事件(にほんテレビゆうびんばくだんじけん)は、1994年12月に日本テレビ放送網に郵送されたパイプ爆弾が爆発し、2名が重軽傷を負った事件。

    概要


    1994年12月21日水曜日午後5時45分頃、東京都千代田区二番町の日本テレビ放送網西本館(現・日テレ麹町ビル西館)6階にある編成局特別制作部製作センターで、子役の安達祐実(13歳)宛に送られてきた封筒が爆発。封筒を手で破って開封した、安達の所属事務所であるサンミュージックブレーンの31歳の男性社員が左手親指に重傷、日本テレビ関連会社映放(現・日本テレビ人材センター)の30歳の女性社員が軽傷を負った。近くに居合わせた、安達のマネージャー(35歳男性)も一時音が聞こえなくなる被害を受けた。なお、当時安達本人は隣接する北本館のスタジオで年末年始番組の収録を行っており、怪我はなかった。
    日本テレビ宛の郵便物はいったん館内の集配所で区分けされた後に各部署に配布されることになっており、爆発が起きたのは、映放社員がたまたま居合わせた安達の所属事務所の社員に「重いので気を付けるよう」注意の言葉を掛けて手渡した直後のことだった。
    麹町警察署及び警視庁捜査一課は傷害及び爆発物取締罰則違反の容疑で捜査を進めていたが、容疑者の検挙には至ることなく2009年12月21日時効が成立した。なお、爆発物取締罰則の最高刑は死刑であり、当時の刑事訴訟法での公訴時効は15年となる。

    送付された郵便物


    縦25cm・横9cmの市販の白色封筒で、宛先は「東京都千代田区二番町14 日本テレビ放送網アナウンス部 安達祐実様」、差出人は「都内港区新橋1-9-6 旭通信社」となっていた。500円の切手が貼られ、12月19日付の芝郵便局の消印があることから、12月18日夜から19日の夕方に掛けて芝局区内のポストに投函されたと見られている。
    封筒から、はんだ付けの跡がある単3乾電池3本、直径1.7cm×長さ14cmの鉄パイプ、ニクロム線、赤白のリード線、厚さ数mm・一辺1cmの正方形板状の磁石などが発見され、火薬の量は20g前後と見られている。
    なお、差出人として記された大手広告代理店の旭通信社(現・アサツー ディ・ケイ)は、広告業務において日本テレビとの取引はあるが、本件とは無関係と見られている。

    同様の事件


    前年の1993年夏に、ニッポン放送に爆発物が送りつけられる事件が2件発生している。宛名はいずれも深夜番組オールナイトニッポンのパーソナリティで、7月29日には裕木奈江、8月3日には加藤いづみとなっており、封筒の中から単3乾電池や爆竹が発見されている。
    翌年の1995年5月16日、東京都庁舎で青島幸男都知事宛に送られた小包が爆発、開封した男性職員が重傷を負った(東京都庁小包爆弾事件)。本をくりぬいて爆発物が仕込まれてあり、起爆の仕組みは日本テレビのものとほぼ似ていた。この事件はオウム真理教によるものであった。
    これらの事件を契機に郵政省(当時)は、不審な郵便物にはX線検査を行うようになった。
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    DATE: 2010/06/03(木)   CATEGORY: 1999年
    【#96】】名古屋市西区主婦殺害事件
    名古屋市西区主婦殺害事件(なごやしにしくしゅふさつがいじけん)とは、1999年11月にに愛知県名古屋市で発生した殺人事件。愛知県警による正式名称は西区稲生町5丁目地内における主婦被害殺人事件。2010年4月現在で未解決。

    概要


    1999年11月13日午後2時半ごろ、名古屋市西区稲生町のアパート内で主婦(当時32歳)が、首を刃物で刺されて死んでいるのが発見された。
    公訴時効は法改正(2005年)前のため2014年となる。

    犯人


    足跡や血痕などから、犯人の特徴は以下の通り。
    年齢は40歳~55歳くらいの女
    血液型はB型、左右のいずれかの手にけがをしたとみられる。
    犯人はしばらく周辺の様子を伺った後、現場から500mほど離れた稲生公園近くまで走って逃げたらしい。
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