あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/05/28(金)   CATEGORY: 1948年
    【#51】幸浦事件
    幸浦事件(さちうらじけん)とは、1948年に起きた強盗殺人事件。容疑者が裁判で一転、無実を主張して、警察の拷問や誘導尋問が指摘され、無罪となった。

    概要


    1948年11月29日、静岡県磐田郡幸浦村(現・袋井市)のアメ製造業を営む主人を含む一家4人(夫34歳、妻28歳、長男5歳、次男1歳)が失踪。妻のメガネが自宅にあったことから事件性があると判断するも、何も手がかりも消息も掴めず、年を越してしまう。

    1949年2月12日、近藤勝太郎(当時23歳)と小島敏雄(当時19歳)が別件逮捕され、二人を一家4人殺害の犯人として、取り調べを続けたところ、近藤が二日後の14日に一家殺害を自供、また同日に共犯の近藤糸平(当時45歳)と吉野信尾(当時38歳)も逮捕。後日、容疑者らの自供により、一家4人の絞殺遺体が埋められていたことを発見。

    裁判


    1950年、
    裁判で4人とも無実を主張するも、静岡地裁は吉野(懲役1年)を除く3人に死刑判決。

    1951年
    東京高裁は4人の控訴を棄却。

    1957年
    最高裁で重大な事実誤認の疑いがあるとして、東京高裁に差し戻し。
    1959年
    4人全員に無罪判決(この後まもなく吉野が病死)。

    1963年
    検察の上告が棄却。4人の無罪確定。

    拷問による自白


    警察の取り調べで、4人に焼火箸で手や耳に押し付けるなど拷問をしたり、白紙の紙に刑事が自供を書いて彼らに無理やり承諾させて、さも4人から自供を聴取していたかのように装っていたりするなど、デッチ上げを行っていた。
    4人を無罪に導いた最たるものは、秘密の暴露であるはずの遺体遺棄場所に発掘前に印がついていたことが判明し、あらかじめ警察は場所を知っていた疑いが濃厚となったからである。
    このデッチ上げを率先して行ったのが、静岡県本部刑事課の紅林麻雄警部補であることが後年、指摘されている。後の二俣事件や小島事件といった冤罪事件にも彼が関与している。
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