あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/05/27(木)   CATEGORY: 1950年
    【#20】梅田事件
    梅田事件(うめだじけん)は、1950年(昭和25年)および1951年(昭和26年)に発生した2件の強盗殺人事件と、それに付随して生じた冤罪事件である。なお事件名は2人の実行犯(実際にはもうひとり未検挙の共犯がいる可能性が指摘されている)によって無実の罪を着せられた男性の名に由来する。


    概要


    第一の事件
    1950年10月 北海道の北見営林署職員の大山正雄さん(当時20歳)が19万円の公金を持って失踪。
    第二の事件
    1951年6月 留辺蘂営林局会計課職員の小林三郎さん(当時28歳)が480万円の公金を持って失踪。
    いずれの事件も最初は、犯人らによる巧妙な偽造工作のため、職員が公金を横領し逃亡したと見られていた。しかし第二の被害者の射殺遺体を1952年9月になって偶然野犬が掘り出したことで事件が露見した。

    冤罪


    犯人として逮捕された清水(当時53歳)はすぐに犯行を自供し、首謀者が元営林署職員の羽賀竹男(当時28歳)であることも判明した。羽賀は第一の事件のことも自白したために全て事件は解決したかにみえた。しかし羽賀は自己の罪を軽くしようとしたためか、軍隊時代に顔見知りだった梅田義光(当時28歳)が第一の事件の殺害の実行犯であると虚偽の「自白」をした。
    そのため、北見市警(当時は自治体警察)は10月2日に梅田を逮捕し、凄まじい拷問を加え自白させた。その後梅田は自供を一転し検察官に無実を訴えたが、共犯者の自白を完全に鵜呑みしていた検事は否認調書を作成しないまま、殺人罪で起訴した。またその後の裁判も羽賀が梅田を陥れる恨みなどの事情が見当たらないなどとして、羽賀の自白を全面的に信用する姿勢を終始とり続けた。
    その後の裁判では羽賀に死刑、清水と冤罪の梅田に「拷問がなされないまでも相当程度の強制」として暴力による自白の強要の事実を認めつつも無期懲役を宣告し確定(当時の判例では違法収集証拠排除法則が確立していなかったとみられる)した。なお羽賀であるが1960年6月20日に処刑され、清水も仮出所した。その後梅田は1962年に再審請求をしたが、最高裁までいったが棄却された。梅田は1971年5月に18年7ヶ月の服役の後に網走刑務所を仮出所した。彼は北見市に帰郷したのちも再審請求活動を続けた。1982年12月10日に釧路地裁は再審を決定した。1986年8月27日に釧路地裁は梅田に無罪判決を出し、逮捕34年にして冤罪であったことが確定した。

    事件の疑問点


    再審裁判で梅田が無罪になったのは、下記のような点が明らかになったことである。
    犯行において羽賀と梅田を結びつける物的証拠が一切存在しない。
    羽賀の自供では梅田はバットで被害者を撲殺したとあるが、犯行時梅田が着用していたとされた海軍作業着からは血痕が検出されなかった。
    起訴前に検事宛に提出した無罪を訴える手紙の存在。
    自白と犯行態様の決定的な矛盾の証明。
    羽賀から「梅田は事件に関与していない」と、獄中で聞かされたという囚人の証言
    以上のことから、捜査機関がHの虚偽の証言を間違いないと鵜呑みした事が冤罪を引き起こした、ということが確定した。これは、死刑が確実な被告人が、まさか恨みもない他人を巻き込む事を想定していなかった為である。なお、後述のように実際の事件の構図は検察側が把握していたものとは大きく異なっていた可能性もある。
    羽賀の証言では第一の事件にくわえ第二の事件も3人による犯行としていた。この第二の事件では3人目の「共犯者」としてHの元上司が「主犯」として名指しされ、北見市警による拷問を受けたが、証拠がまったくなかったこともあり起訴されていない。この上司は拷問で「自白」していたが、検事取調べの段階で自白を撤回し、検事も無罪供述を受け入れたため冤罪で処刑もしくは収監される危険から逃れたといえる。なお実際に2つの事件とも第三の犯人が存在していた可能性がある。この説では犯人は羽賀の親族であるといわれており、評論家の青地晨が、後にその人物をレポートした「魔の時間」を出した。そのため、羽賀は梅田を巻き込むことでその人物を守ろうとした可能性がある。
    また羽賀は秘密裏に、再審を模索していた羽賀と接見した梅田の弁護士に対し「50万円を支払うなら、梅田の御希望通りの私の言質を差し上げます」と、暗に「真実の告白」に対する対価を要求する手紙を出していたという。それによれば、現金と見返りに告白文を送るというものであった。弁護士はわざと応じた振りをして真実を聞き出せないかとして、最高検察庁に打診したが、とんでもないとの回答を受けた。その直後に羽賀の死刑が執行された。
    真相は羽賀の死刑執行と、共犯清水の死によって永久に葬り去られた。職員2人から強奪した多額の現金の使途も、3人目の「共犯者」の存在も、現在となってはもはや解明は不可能となっている。
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