あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/05/27(木)   CATEGORY: 1946年
    【#21】榎井村事件
    榎井村事件(えないむらじけん)とは1946年(昭和21年)に発生した殺人事件である。この事件は半世紀の後に再審で冤罪であったことが確定したことが特徴である。

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    概要


    1946年8月21日午前2時頃、香川県仲多度郡榎井村(現在の琴平町の一部)に居住していた大蔵省専売局(現在の日本たばこ産業)の職員である高田喜三郎さん(当時43歳)の自宅に2人が侵入した。隠れていた侵入者と対峙しようとしたが白いパナマ帽を被った男がピストルを撃ち高田さんを射殺した。犯人の遺留品はパナマ帽と薬莢だけであった。

    容疑者逮捕


    事件から1週間後の8月28日、高松専売局に盗みに入った吉田勇(当時18歳)と浅野英明(当時19歳)が逮捕された。2人は窃盗未遂、住居不法侵入をしたことを認めた。しかし警察は、榎井村の事件も2人が犯人と見て厳しく追及した。2人は当初犯行を否認したが、浅野が「吉田が射殺した」と供述したこと、パナマ帽を吉田に買い与えたとする台湾人の証言を得たことを証拠に殺人罪で起訴した。だが吉田はまったく身に覚えが無いとして犯行を否認し続けた。

    刑の確定


    1947年12月8日、高松地方裁判所は検察側の主張を全面的に認めて吉田に無期懲役、浅野に懲役6年の判決を言い渡した。浅野は控訴せず刑が確定(浅野も第一審公判途中より否認に転じていたが、家族の経済的負担等の理由により控訴しなかった)したが、吉田は無実を訴えて控訴した。1948年11月9日に高松高等裁判所は吉田の無実主張を退けたうえで懲役15年に減刑した判決を言い渡した。1949年4月28日に最高裁は上告を棄却し吉田の懲役15年が確定した。
    なお吉田はサンフランシスコ講和条約の恩赦によりさらに減刑されたため1955年に仮出所した。

    再審請求


    吉田は捜査を担当した刑事、弁護士、関係者を訪ね歩いて情報を集めた。それから1990年3月19日に吉田は高松高裁に再審請求をし、高松高裁は1993年11月1日に再審開始を決定した。
    1994年3月22日に高松高裁は吉田に無罪を言い渡した(浅野の冤罪も間接的に認められたともいえる)。
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