あんくり
    Uncleared Crimes=未解決事件
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    DATE: 2010/06/01(火)   CATEGORY: 2000年
    【#67】世田谷一家殺害事件
    世田谷一家殺害事件(せたがやいっかさつがいじけん)とは、2000年東京都世田谷区の一家4人が惨殺された事件、または当該事件の一般的な呼称。警視庁による正式名称は上祖師谷三丁目一家4人強盗殺人事件。未解決事件

    概要


    21世紀を目前に控えた2000年12月30日午後11時ごろから翌31日の未明にかけて、東京都世田谷区上祖師谷3丁目の会社員宅で、父親(当時44歳)・母親(当時41歳)・長女(当時8歳)・長男(当時6歳)の4人が惨殺された。隣に住む母親の実母が、31日の午前10時55分ごろ発見、事件が発覚した。
    この事件は、20世紀も終わりに差し掛かった年の瀬の犯行だったことや、犯人の指紋や血痕など個人を特定可能なもの、靴の跡(足跡)の他、数多くの遺留品を残している点、子どももめった刺しにする残忍な犯行、殺害後に翌朝まで10時間以上に渡って現場に留まり、パソコンを触ったりアイスクリームを食べるなど犯人の異常な行動、これらの事柄が明らかになっていながら犯人の特定に至っていないことでも注目される未解決事件である。また、年末近くに発生した殺人事件という時期柄もあって、一年を振り返る区切りとなる年末近くになると、毎年マスコミが話題に取り上げることが多い事件である。
    捜査特別報奨金制度対象の事件。


    犯人の手がかり


    犯人の特徴 [編集]
    犯人は犯行時に手を負傷しており、その時に現場に残された血液から血液型はA型ということが判明している(殺害された一家にA型の人間はいない)。
    血液からは向精神薬や風邪薬、覚せい剤などの薬物反応は出ていない。
    また、血液の分析や現場の冷蔵庫にあったビールには手が付けられていなかった(代わりに冷蔵庫にあった麦茶を飲んでいる)ことなどから、喫煙や飲酒もしない人物であることが判明している。
    被害者の傷跡などから犯人は右利きであることが分かっている。
    犯人の指紋は渦状紋である。指紋は被害者宅から十数個発見されている。
    服装などから犯人は身長175センチ前後、胴回り83センチ前後の可能性がある。
    警視庁がまとめた犯人像に1965年~85年生まれ(事件当時15~35歳)というものがある。これは、犯人が2階の浴室の窓から侵入する際、公園のフェンスから2階の窓まで上っているなどの身体的理由によるものである。
    犯行時の行動などから、性格は大胆で図太いながらトレーナーを畳むなど几帳面な部分も持ち合わせている。
    犯人のDNA [編集]
    現場に残されていた血液のDNAからルーツを辿る人類学的解析により、父系がアジア系民族、母系に欧州系(地中海)民族が含まれることが判明。「日本人には少ない型」とする専門家の声もある。
    2006年当時のDNA型鑑定で、母系がミトコンドリアDNAの塩基配列パターンによりアドリア海や地中海の南欧系民族に見られる「アンダーソンH15型」(アジア民族には見られない)、父親がY染色体鑑定によりアジア民族に多い「O3eスター型」。「O3eスター型」の割合は日本人の約13人に1人、中国人の約10人に1人、韓国人の約5人に1人に見られる。また、南欧系の祖先は歴史的に見て遠くない祖先の可能性が高いが、DNA型から犯人との続柄は判別できないため、犯人の母親が南欧系の女性かは不明。
    犯人が「アジア系含む日本国外の人」または「混血の日本人」である可能性も視野に入れて捜査している。また、ICPOを通じ日本国外の捜査機関に捜査協力を求めている。
    一方で、人種に関するプロファイリングが捜査に適用されるのには前例がなく、ずっと遡った祖先が混血だった可能性も否定できないため、「犯人が純粋な日本人である可能性も否定せずに、国内でも幅広く捜査する」方針。
    犯人の行動 [編集]
    入出経路 [編集]
    犯人は被害者宅に2階の浴室の窓から出入りしたものと見られている。
    発見時に玄関の扉の鍵は閉まっていたが、当初は犯人が玄関から鍵を閉めて逃走したという見方もあった(7つの全ての鍵が被害者宅から発見されたため撤回)。玄関のドアのノブなどから犯人の痕跡も発見されなかった。また、被害者宅に残っていた血の付いた足跡が階段の途中から上りの一方向のみだったとの情報もあり、「玄関から靴を脱いで侵入し犯行に及び、床が血だらけになったため階段の途中で再び履いた」(2002年12月19日報道)という警察幹部の見解もあった。
    浴室窓の網戸は外にはずれ落ちていた。また、窓の真下の地面辺りから犯人の足跡が発見されており、同じく窓の真下の公園フェンス付近の木の枝も折れていた。
    一方で、浴室の窓などから繊維痕が発見されていないという報道もある(週刊文春2009年1月1日・8日新年特大号)。
    また、通常は特定の場所にしまってある玄関の扉の鍵が、玄関(中)に無造作に置かれていたという報道もある。
    殺害時 [編集]
    被害者の胃の内容物などから、殺害の推定時刻は30日午後11時30分ごろとされている。
    犯人は2階の子ども部屋で寝ていた長男を殺害後に、異変に気づき2階に上ってきた父親を襲い殺害、最後に屋根裏部屋(3階)で寝ていた母親と長女を襲って殺害したと見られている。なお、父親の遺体は1階の階段下、母親と長女は屋根裏部屋下の2階踊り場付近で発見されている。父親、母親、長女は全身負傷していた。
    屋根裏部屋の布団から母親と長女の血液が発見された。
    また、犯人が階段の移動時に壁に背中を付けるようにして軍隊などで習うような横歩きをしていたことが足跡からわかっている。
    長男は手で首を絞められたことによる窒息死と見られており、その時にできた圧迫痕や鼻からの出血以外に外傷らしきものはなかった。
    犯人が持ってきた柳刃包丁の刃が最初(父親殺害)の犯行時に欠けたため、被害者宅にあった文化包丁も使われていた。凶器はこの2本と見られている。
    当初は父親の傷跡から別の刃渡りの長い刃物も使われ犯人が持ち去ったという見方もあった。
    また、父親の頭部に柳刃包丁の破片が残っていたという報道もある。
    母親と長女は顔や首を中心に上から切りつけられていたが、父親は足や尻なども切りつけられていた。
    また、女性被害者は何度も刺されていたという情報もあり、被害者の性別によって殺され方が異なっていた可能性もある。
    死後も執拗に何度も刺していることが明らかになっている。
    現場に長女の血のついたティッシュペーパーが落ちていたことから、犯人は母親が負傷した長女の手当てをしているのに気がつき再び襲った可能性がある。
    殺害後 [編集]
    現場では救急箱が物色されており、犯人の指紋が付着した絆創膏、血痕が付着したタオルなどが台所に散乱していた。また、生理用品で止血を試みるなど治療した形跡も残されていた。
    4人を殺害した後に、犯人が被害者宅の冷蔵庫からペットボトルのお茶やメロン、アイス4個を取り出して食べた形跡が残されていた。アイスの容器はキッチンと浴槽からそれぞれ1個ずつ発見され、パソコン脇にあった2個は食後に重ねられていた。また、被害者宅の物色中に犯人がガムを噛んでいたことも分かった。
    一方で、冷蔵庫にあったビールや冷蔵庫横のコーラ10本は手つかずに残されていた。このため、犯人は飲酒をしない(ビールを飲まない)人物である可能性がある。
    犯人はアイスのカップを握りつぶして食べていた。また、犯人が直接かぶりついたためアイスに歯型が残っていたという報道もある。
    2階の浴室では、浴槽の中に父親の仕事関係の書類や母親の塾の書類、前述の止血をしたと見られる生理用品、タオル、アイスのカップなどが散乱していた。
    このことから犯人が家の中を物色して不必要な物を浴槽に捨てたことが考えられる(浴室の中で仕分けしていた可能性もある)。
    浴槽に散乱していた書類や広告チラシなどはハサミや手で引きちぎられていた。
    2000年正月分の年賀状だけなくなっていたことから、犯人が持ち去った可能性がある。それ以前の数年分の年賀状は手つかずだった。
    2階の居間では、ソファーにカード類、その近辺には手帳や運転免許証など生年月日の分かる書類などが仕分けされていた。また、戸棚や机などのほとんどの引き出しが下から順番に開けられ物色された形跡があり、これは空き巣特有の手口でもある。
    犯人が被害者宅のトイレを使用し、トイレの中で被害者宅にあったバッグを物色した形跡があった。
    「実話ナックルズ」によると便の中からインゲンとゴマが検出されたという。
    犯人は被害者宅の電話線を抜いていた。
    そのため、電話が通じず不審に思った義母が被害者宅を訪問、呼び鈴を鳴らしても反応がないので合鍵で中に入り事件が発覚した。
    パソコンの操作 [編集]
    犯人が1階の書斎にある被害者のパソコンを操作した可能性がある。通信記録を解析した結果、犯行時刻前とみられる30日午後10時20分から50分頃まで触れた形跡があり、これは被害者がまだ生きており触っていたと考えられる。しかし、犯行時刻以降でも二度(31日午前1時18分と午前10時頃)に渡りインターネットに接続されていたことが判明した(二度とも接続時間は短い)。一方で、パソコンの電源ケーブルは発見時には抜け落ちており、マウスから犯人の指紋が検出されたが、キーボードからは検出されていない。
    犯人がパソコンを操作していたことが事実だとすると、犯行時刻の午後11時30分ごろから、義母が一家4人の遺体を発見する数十分前に当たる午前10時過ぎまで、犯人は半日近くもの間、被害者宅に潜んでいたことになる。
    接続先は被害者の会社のサイトから、大学の研究室のサイトや科学技術庁のサイトなど専門色の強いサイトまで含まれていた。また、犯人は劇団四季(被害者があらかじめインターネットブラウザの"お気に入り"に登録していた)の舞台チケットを予約しようとして失敗した可能性がある。
    当初はこれらの通信記録が犯人によるものではなく、インターネットのサイト情報を自動的に拾ってくる「巡回ソフト」によるものという見方もあった。
    現場の遺留品・犯人の所有物 [編集]
    現場には犯人の私物と思われる遺留品が多数残されていた。以下に現在判明している遺留品の情報を記していく。なお、犯人の服装や遺留品についての詳細は警視庁特捜本部のサイト[2]、資料[3]も参照のこと。
    被害者宅の最寄り駅も通っている京王線沿線や杉並区のJR荻窪駅前など現場周辺でもトレーナーや柳刃包丁、ヒップバッグ、ハンカチに付着していた香水が購入できた。
    大量生産品が多く、このことも捜査が難航する要因の一つとなっている。
    現場に残されていた衣類は綺麗に畳まれていた。
    これらの遺留品が置かれていたのは被害者宅の2階部分である。
    トレーナー(ラグランシャツ) [編集]
    返り血が大量に付着していたが、2階の居間から綺麗に畳まれている状態で発見された。
    当初は、「裏返しに丸められて放置していた」と報道されていた。
    綿製で、サイズはL(身長175~185センチ用)。2000年8月製造、9月~11月まで販売(価格:1480円~1900円)。
    デザインは、胴の部分がグレーで両腕および丸首の部分が紫色。同年TBSで放送されたドラマ「ビューティフルライフ」で、主演の木村拓哉が着ていたタイプとされ、当時、若者の間で流行していたラグランシャツと呼ばれるものである[4]。
    何度も洗濯した形跡があり、色あせてクリーム色になっていた。
    赤色系の蛍光剤が付着していた。
    このトレーナーと同タイプで同サイズのものは全国で130着、都内では4店舗のみで10着しか売られていなかったことも判明した。1着の所在が判明したが、捜査本部は購入者が判明していない残り9着のトレーナーの行方について情報提供を呼びかけている[5]。
    都内で売っていた4店舗があるのは、京王線聖蹟桜ヶ丘駅、京王八王子駅、JR荻窪駅、京成線青砥駅である[1]。
    また、同タイプのトレーナーは都内以外では山梨県を中心に販売。都内近県では、神奈川県、埼玉県、千葉県などでも販売されていた。
    ジャンパー [編集]
    ユニクロ製「エアテックジャンパー」で、黒色、Lサイズのもの。事件直前の2000年11月販売後、すぐに完売(価格:3900円~5980円)。販売数は8万2000着(都内1万194着)。通販、ネット販売もあり。
    ポケットの中の砂・遺留物 [編集]
    ポケットからは三浦半島(横須賀市)の海岸の砂のほか、ヒメザクロ(観賞用植物)またはケヤキの花粉、ケヤキとヤナギ(シダレヤナギ以外)の枯葉、飼育用の飼料を食べていたとみられるスズメより小さい鳥の糞も検出された。
    葉片は当初、ヒメザクロと思われていたが、DNA鑑定の結果、現在はケヤキとヤナギ(シダレヤナギ以外)となっている。
    被害者一家が事件の2年前に三浦半島の海岸のホテルで宿泊していた。
    スニーカー(テニスシューズ) [編集]
    遺留品ではないが、現場に残されていた足跡から判明。
    英国ブランド「Slazenger」(スラセンジャー)で、韓国のメーカーが1998年10月から2000年11月にかけて4530足製造販売していた。現場に残されていた足跡から「28センチ」(韓国サイズ)である事が判明。
    同サイズは400足のみ製造されていたという情報もある。
    靴の出所は中国吉林省延辺朝鮮族自治州である可能性があるという(統一日報2007年1月17日付)。
    日本サイズでは「27.5センチ」(韓国サイズのものと靴枠が同じ)。白地に灰色のラインのものと紺色のラインのものがあり、ローカット、ハイカットなども含めると全部で5タイプあり。
    当初は、犯人の足跡と同サイズ(28センチ)のものは日本国内では流通していなかったとされていたが、靴の外枠が同じである27.5センチのものは国内での販売も確認された(当時の価格:4000円前後)。
    「韓国サイズ」のものは日本国内の正規ルートでは流通していないが、捜査当局では個人輸入で入手した可能性にまで視野を広げ、関連業者からの情報提供を募っている。また、都内近辺では直輸入品として販売されていたという情報も一部である。
    帽子 [編集]
    「クラッシャーハット」と呼ばれるもので、帽子本体が濡れても、頭が濡れないため、雨具としても使われることがある。また、ブーニーハットとも呼ばれる。
    フリーサイズ、灰色でアクリル100%の毛糸織り、黒色のラインが入っている。全国のジーンズショップで販売され、1998年7月から2000年11月までの間で3465個販売(当時の価格:1900円前後)。シールのタグから1999年9月以降に販売されたもの。
    都内で遺留品のトレーナーが販売されていた4店舗でも販売。
    帽子のつばに付着した微量の汗からも犯人のものと思われるDNAを検出。
    マフラー [編集]
    緑色地で、赤と橙色、濃い緑の格子模様が入っている。アクリル製。小さいタイプのマフラーで、長さ約130センチ(縦30センチ)。
    製造元などは不明。100円ショップでも売られている可能性のあるもの。
    黒い防寒手袋 [編集]
    「ボア付きグローブ」として販売。黒革で26センチ、中はボア付きで外側は豚革を使用(当時の価格:1980円くらい)。
    犯行時に使用された形跡がなかった。
    販売数は1998年~2000年に1万755組。
    柳刃包丁 [編集]
    刃渡り21センチ、全長約34センチ。一般的に刺身包丁に使われる。
    犯人が残していった柳刃包丁「関孫六 銀寿」は、福井県のメーカーから2000年6月に1500本製造されていたものだった。全国の量販店、ディスカウントストアなどで販売(当時の価格:関東地区46店舗で3500円くらい)。
    現場付近では、世田谷区、杉並区内で事件前月の11月中に13本販売、被害者宅から数キロ圏内にある小田急経堂駅近くのスーパーで事件前日の29日に2本販売、東急田園都市線用賀駅近くのスーパーでも事件前日と当日の30日に1本ずつ販売されていた。
    また、事件前日に武蔵野市吉祥寺のスーパーでも販売されており、当時購入した「身長170センチ前後、年齢30代、黒っぽいジャンパーの男」の似顔絵が公開されていた。
    刃が最初の犯行時に欠けたため、被害者宅にあった文化包丁も使われていた。また、発見時に柳刃包丁とともに台所の流し台に並べて置かれていたという報道もある。
    黒いハンカチ [編集]
    2階の踊り場付近と台所で発見された。
    黒で無地のハンカチ2枚は45センチ四方で無印良品で販売されていたもの。うち1枚については特殊な方法で包丁の柄を包んでいた形跡(詳細は警視庁の情報公開参照)があり、犯行時に包丁を固定する際の滑り止めや返り血を避ける目的で使用したと見られている。もう一枚は三角形に折られ両端に絞り込みがあったことなどからマスクやバンダナとして使用したとみられる。
    その他、2枚のハンカチには二十数箇所に穴が開いていたことから、柳刃包丁を包んでいたことなども考えられていた。結び目と犯人の血液が付着していたことなどから、止血に使用した可能性も指摘されていた。
    また、「黒いハンカチ」が残されていたことについては、犯人にとって宗教的・儀式的な意味合いがあるものではという見方もあった。
    ハンカチにはアイロンや洗濯の形跡も残されていた。
    販売数は事件前の約6年間で計6万6500枚(1998年以降は5万9000枚)。1枚300円。
    香水 [編集]
    ハンカチやヒップバッグに付着していた香水はGuy Laroche(フランス)の「DRAKKAR NOIR」(ドラッカーノアール)と見られている。
    これはスケートボーダー(スケートボードをする人)の間ではファンも多い、80年代に活躍したアメリカのプロスケートボーダーが愛用していたものだった。
    全国の量販店などで販売(当時の価格:30mlで3000円位)。1982年ごろから日本国内でも販売。事件当時、JR荻窪駅の雑貨店でも購入できた。
    また、香水の種類については「DRAKKAR NOIR」ではなく、20~30年くらいに流通していた「DRAKKAR」の可能性もある。
    ヒップバッグ [編集]
    深緑色でふたが付いており、ベルトの長さは83センチに調節。韓国製で1995年~1999年にかけ関東地区のディスカウント店などで2850個販売された。遺留品のバッグも日本国内で販売されたものであることが確認されている。
    また、バッグの表面からは日本ではほとんど流通していない日本国外の硬水(米国や韓国など)によく溶ける洗剤とみられる成分も検出された。このことから、犯人または周囲に「日本国外の渡航歴がある人物」の存在が論じられている。
    洗剤が検出された部分と同じ場所から蛍光物質も検出されている。
    バッグの外側と内側には2枚のハンカチと同じく、刃物による二十数か所の傷があった。
    バッグの中の砂 [編集]
    バッグの中から検出された砂は石英などを含んでおり、「アメリカ西部ネバダ州のラスベガス付近にある砂漠の砂」と思われていたが、カリフォルニア州の砂の可能性が高いことが分かった。
    このカリフォルニア州のものと思われる砂は、約35,000 km²に及ぶモハーヴェ砂漠南西部にあるエドワーズ空軍基地付近のものであることも判明した。同基地東部の砂は特徴的なものであり、バッグ内の砂と酷似しているという。
    また、ジャンパーのポケットから検出された三浦半島の砂は、バッグの中からも検出されている。
    カリフォルニアはスケートボード発祥の地で、三浦半島の「うみかぜ公園」にはスケートボーダーが集まる場所があり、大会も頻繁に行われている。このことから、いずれもスケートボードと縁の深い場所の砂であることが明らかになった。
    多量の遺留物 [編集]
    バッグの中にはその他にも、印刷機のロールに装着するインク汚れ防止用フィルムや道路標識の反射材などに使われる微小なガラス球、金属シリコン、ニッケル、銅、約1億4000年前のものと思われるモナザイト(花崗岩に含まれる鉱物)などの細かい粒が大量に見つかっており、その中には日本に流通していない成分や一般の人には入手しにくいものまで含まれていた。
    ガラス球はチタン、バリウム、シリカなどで形成され、白いパウダー状、直径約50マイクロメートルのものが5、6粒。このガラス球はアメリカのミズーリ州のガラス加工メーカーが製造し、国内では京都府のメーカーが製造する印刷機の特殊フィルムに使用されていた。当初はチタン酸バリウムと思われていた(朝日新聞2001年12月28日付)。
    一方で、「チタン酸バリウム(の粉)が含まれていた」という報道(産経新聞・夕刊フジ2006年8月2日付)もあり。
    捜査の結果、これらの数種類の物質はスケートボードの滑り止めに使われるグリップテープを削ったものである可能性があることが分かった。この作業は通常はスケートボード購入時に店の人がやるが、慣れているベテランだと自分でグリップテープをボードの形にカットし、ドライバーなどで削るようである。
    モナザイトについても、ロッキー山脈の花崗岩にも含まれていることが分かり、砂と同様にカリフォルニア州に由来する可能性があるという。
    これらのことからスケートボーダーが何らかの形で事件に関わっている可能性も浮かぶ。捜査当局では、スケートボードを扱う業者やバッグがスケートボーダーから別の人物に渡った可能性にまで視野を広げ、現在捜査している。カリフォルニア州への渡航歴についても重点的に捜査している。
    赤色系の蛍光剤 [編集]
    トレーナーやヒップバッグの内側に赤色系の蛍光剤が付着していた。この蛍光剤は発見時にシャッターが閉まっており、事件現場に残された犯人の足跡などの形跡が発見されていない被害者宅1階車庫付近、被害者宅の棚の中からも検出されている。
    事件前に犯人や犯人と関係ある人物が現場を訪れた可能性、被害者と犯人に交流があった可能性も視野に入れ捜査している。
    蛍光剤の原料は粉末で日本では製造されておらず、国内では化学薬品会社2社が中国やインドから輸入後、複数のメーカーが印刷用インキや道路標識用ペンキ、看板の蛍光顔料などに加工して使用されている。
    蛍光剤は3種類の粉末蛍光染料で、「ローダミン」、「バソニール」という商品名で流通、粉末状では赤茶色(緑色という報道もあり)で水に溶かすと赤やピンク系になり、ブラックライトで蛍光発色する。主に紙や布、木綿などの繊維のほかに、プラスチック製品、漫画本、包装、広告、顔料やインクの製造、蛍光ペン、油絵の具材、レーザーの研究、工事現場などでも使用される。3種類共に使用するのは一般的でないため、染料・塗料を扱う専門業者や工場、製紙メーカー、研究施設、舞台関連の制作業者、デザイナーなどの可能性が高い。染料は犯人の遺留品であるトレーナーから2種類、ヒップバッグの内側や犯人が犯行時に侵入した形跡のない車庫内の木製の収納具から3種類発見されており、同じく犯人が触れた形跡のない被害者宅の棚の中からも発見されている。
    被害者(父親)は、大学時代には劇団サークルに参加しており、卒業後はCI関係の会社に勤務していた。大道具や取引先の企業へのプレゼンテーションなどで蛍光剤を使用していた可能性があるとみられていたが、後の捜査で被害者自身は仕事などで使用した形跡がないことも判明した。
    現場からの消失物 [編集]
    デサント製のトレーナー [編集]
    被害者宅にあったトレーナーがなくなっており、犯人によって持ち出された可能性がある。
    魚柄で前面に「DIVE」という文字が入っており、背面には「A~Z」のアルファベット26文字がプリントされている。1991年~1996年頃まで販売されていた。
    現金約15万円 [編集]
    被害者が経営していた学習塾の授業料である現金約15万円(約20万円という報道もあり)がなくなっており、現金が抜き取られたとみられる財布もあったが、銀行の通帳やキャッシュカード、貴金属類などは持ち出されていなかった。
    ただし、上記の通りカード類や書類などを仕分けし物色した形跡は残されていた。また、1階の本棚にあった6万円は手がつけられていなかったという情報もある。
    2000年正月分の年賀状 [編集]
    現場から2000年正月分の年賀状だけ1枚も発見されなかった。それ以前の数年分はまとめて保管されており、手がつけられていなかった。
    その他 [編集]
    30日午後6時半ごろには被害者宅の車庫に車がなかったことを近所の人が確認しており、同時間帯の午後6時ごろには小田急線成城学園前駅で一家4人が買い物をしている姿が目撃されている。その後、京王線千歳烏山駅付近に寄り帰宅したとみられる。
    30日午後6時~7時ごろ、母親が隣に住む実母と被害者宅の電話で会話している。また、長女が母親の実母の家を訪れている。
    近所の住人が事件発生時刻と思われる午後11時前後に被害者宅から争うような声がしたのを聞いており、隣家の親類は午後11時30分ごろに被害者宅から「ドスン」という大きな物音がするのを聞いていた。
    「事件当日の30日深夜、通行人が被害者宅で男女が口論する声を聞いていた」(2002年7月2日報道)という情報もあり、午後11時前後の争う声は男女の可能性もある。
    また「ドスン」という大きな物音は週刊朝日(2007年1月5日・12日合併号)によると、犯人が2階踊り場にあった屋根裏部屋へのハシゴを上げた音とされている。これは実際に実験を行うなど検証によるものである。
    被害者宅の隣に住んでいた母親の実姉(ペンネーム入江杏)は、家族が聞いたこの「ドスン」という音を「カタン(カタン)」であったと記している(法学セミナー2002年10号)。また、この音を「ベニヤ板をひっくり返すような音」とも形容している。実姉は翌午前1時すぎに寝たが、その他には特に変わった物音は聞こえなかったとも記している。
    父親は1階の階段下で外出着姿(片足が裸足)、母親や長女は2階階段踊り場付近、長男は2階の子ども部屋でそれぞれジャージなどの寝巻姿で発見されている。
    現場は「血の海」でなかったと前述の母親の実姉が記している。
    母親の実母が、発見時に母親と長女の遺体に触れていた。
    事件発覚時、1階の電気はついていた。
    新聞配達員が31日早朝に新聞の朝刊を配達したときには玄関の電気は消えていた。一方で、被害者母親の実母が現場を訪れたときには電気がついていた(週刊文春2001年1月25日号)。
    被害者宅のポストにセンサーがあり、人が通ると防犯用ライトがつく。また、玄関の扉の鍵はMIWA製の特殊なもので、鍵穴がドア上部とノブに2つあり、1つの鍵で両方とも開けられる仕組みとなっている。ドアチェーンもある(週刊文春2001年1月25日号、3月8日号)。
    被害者宅周辺は都立公園の拡張工事のためほとんどの家が転居しており(被害者宅も2001年3月転居予定だった)、事件当時は被害者宅を含めて4軒が残されているのみだった。そのため、夜の人通りは少なく事件の目撃証言も少なかった。
    母親はフランチャイズ方式の塾を開いていたが、被害者宅ではなく姉夫婦の家で教えていた。
    事件からちょうど100日目2001年4月9日、東南アジア産出の花崗岩で作られた地蔵が被害者宅から川を隔てた遊歩道脇に置かれていた。地蔵の底と台座上部に「六」の文字が彫られていた。指紋は採取されなかった。
    その後、事件とは無関係であることが判明[要出典]。
    被害者宅近くにはスケートボードができる広場があり、夜に滑るなどルールを守らないスケートボーダーと被害者宅との間では騒音問題でトラブルになっていた。事件数日前にも、スケートボーダーと被害者が揉めていたという目撃証言もある。
    その他には、公園に出入りしている暴走族と被害者宅がトラブルになっていたという話もある。
    現場周辺では2000年夏以降、尻尾を切り取られたり皮膚を剥ぎ取られたりするなど野良猫の虐待事件が数件起きていた。事件直前の12月中旬にも1件あった。
    犯人の目撃情報・不審者の情報 [編集]
    事件数日前の25日、母親が義父に「うちの前の道路に最近、ずっと車がとまっているのよ。誰かしら。」と話していたことを義父が取材で語った(asahi.com)
    事件3日前の27日午前、被害者宅の様子をうかがっている40代半ばの不審な男が目撃されている(読売新聞2001年1月3日付)
    事件現場から1.5キロ離れた小田急線成城学園前駅近くで、事件前日の29日午後3時ごろ、現場に残されていたトレーナーやヒップバック、スニーカーとよく似た服装の若い男が目撃されている(2006年11月30日報道)
    週刊朝日(2007年1月5日・12日合併号)によると、この男は事件直前の30日午後9時頃にも被害者宅付近で目撃されているという。
    事件当日の30日昼過ぎに、見慣れない男が被害者と言い争っている姿が目撃されている(2001年1月1日報道)
    事件当日の30日午後7時と10時ごろ、被害者宅の近くを流れる川沿いの歩道を歩く、犯人が現場に残していった帽子とよく似た帽子をかぶる35歳~40歳前後の男が目撃されている。7時の男は被害者宅脇、10時の男は被害者宅と反対側の歩道を歩いていたが、2人の男が同一人物かは不明だという(2002年12月18日報道)
    事件当日の30日午後11時35分から11時40分頃に被害者宅に通じる路地から飛び出してきて、走り去った25歳~35歳の男が目撃されている(2002年12月18日報道)。
    事件発覚当日の31日に東武日光駅17時26分着の快速電車に乗っていた、右手に骨が見えるほどの深い怪我を負った30歳ぐらいの男が目撃されている(2001年12月27日報道)

    警視庁の情報公開・捜査状況・関連事実


    警視庁がマスコミ等を通じて行った当該事件の情報公開、新たに分かった捜査状況、関連事実を記していく。
    警視庁の情報公開 [編集]
    詳細は警視庁特捜本部のサイト[6]も参照のこと。
    2004年 [編集]
    12月9日 - 被疑者(容疑者)らしき男の似顔絵のイラストを公開した。公開されたイラストは、事件発生時刻前後(12月30日午後11時30分すぎ)に被害者宅近くで目撃された「身長175~180センチ位、年齢25~35歳位、やせ形、髪は少し長め、黒っぽいジャンパー、黒っぽいズボンの男」と、事件前日の29日に犯行で使用された柳刃包丁と同じタイプの包丁を武蔵野市吉祥寺のスーパーで購入していた「身長170センチ前後、年齢30代、黒っぽいジャンパーの男」の2つ。
    2005年 [編集]
    7月31日 - 読売新聞によると、捜査本部が犯人像を「事件当時、京王線沿線に住んでいた若者(当時15歳以上)」に絞り込んだことを明らかにした。また、韓国警察当局の捜査協力の結果、最近になって「犯人が韓国で育った人間でない」ことを確認し断定。「犯人が現場に残していったものと同タイプで同サイズ(L)のトレーナーが都内では、4店舗(京王線沿線は2店舗)のみで10着しか売られていなかった」ことも判明し、このトレーナーの購入者のうち現在所有していない人間の中に犯人がいるものと見て、購入者が判明していない残り9着のトレーナーの行方について情報提供を呼びかけている。呼びかけに応じた人はトレーナーの提出を求められるが、新品で同様のトレーナーを贈呈されることになっている。[7]
    なお、トレーナーの販売ルートは様々な報道を見ると当初からほぼ特定できていたとみられるが、犯人像とともに今回改めてメディアで公開し情報提供を呼びかけたものと思われる。
    11月12日 - 怨恨ではなく金銭目的の犯行という見方を強め、犯人像を「当時一人暮らしで、金に困っていた18歳から35歳の男」と絞り込んだことを明らかにした(ただし、外泊に普段から無関心な家庭で生活していた可能性もある)。当初はトレーナーが何度も洗濯されていたことなどから「家族と一緒に暮らす生活色の強い男」という見方がされており、犯人像がこの5年間で大きく変化している。
    11月21日 - 犯人が現場に残したヒップバッグの表面から日本ではほとんど流通していない日本国外の硬水(米国や韓国など)によく溶ける洗剤とみられる成分が検出されたことを明らかにした。犯人または周囲に「日本国外の渡航歴がある人物」がいる可能性が高いと見られている。また、警視庁は同日、事件の概要や犯人像の特徴をまとめたカードを全警察官4万人に配布した。
    12月9日 - カードに記載された犯人像約30項目の内容が明らかになった。新たに分かったのは「酒もたばこもやらない人物」「漢字を読み分ける能力のある人物」など。犯人は戸棚の引き出しを下から順番に開けて物色するという空き巣特有の開け方をしており、2階の居間のソファーにカード類、その近辺には手帳や運転免許証など生年月日の分かる書類などが仕分けされていた。これはキャッシュカードの暗証番号を推測するために犯人が物色したものと見られている。
    12月17日 - 読売新聞によると、洗剤が検出されたヒップバッグ表面の同じ場所から蛍光物質も検出されていたことが分かった。バッグに付着してしまい犯人が洗い落とそうとした可能性がある。蛍光物質は外国製のペンなどに含まれているものとのことである。
    12月30日 - 産経新聞によると、2階子ども部屋の2段ベッド付近や階段で犯人が横歩きをしたとみられる足跡が複数発見されていたことが分かった。階段では、壁側から手すり側に向かって途中で足跡の向きが入れ替わっていた。このような特殊な歩き方をしていたことから、犯人が「軍隊の経験者である可能性」もあると見て捜査している。
    また、捜査本部はこれまで怨恨の線で捜査していたが、一家に関係するトラブルが見つかっていないことや2階浴室の窓から侵入するという手口、戸棚の引き出しの空け方、ソファーに並べられたカード類、現金がなくなっていたことなどから、最近になって「金銭目的の犯行」の線で捜査していることも判明した。だが、犯人が長時間被害者宅に留まるなどの行動から怨恨や人格異常者の犯行の線も捨ててはいないという。
    2006年 [編集]
    8月2日 - 産経新聞によると、捜査本部は「スケートボードをしている人物」に捜査の焦点を当てていることが明らかになった。その理由については、以下の通りである。
    「ヒップバックから検出された数種類の物質が、スケートボードの滑り止めに使われるグリップテープを削った微粉末の可能性が高い」
    「ヒップバックとジャンパーのポケットから検出された砂は、いずれもスケートボードと縁の深い場所の砂である可能性が高い」
    「黒いハンカチから検出された香水は、80年代に活躍したアメリカの人気プロスケートボーダーが愛用していた『DRAKKAR NOIR』だった」
    「被害者宅近くにはスケートボードができる広場があり、夜に滑るなどルールを守らないスケートボーダーには被害者が以前から注意しており、事件数日前にも揉めていたという目撃証言がある」
    「犯人の服装がスケートボーダーの間で流行っているストリートファッションであること」など。
    10月16日 - 産経新聞によると、捜査本部は犯人像を「アジア系外国人の犯人」または「混血の日本人」と見て捜査を始めたことが明らかになった。血液のDNAから人間のルーツを辿る人類学的解析によるもので、父系がアジア系民族、母系に欧州系民族が含まれることが判明。人種に関するプロファイリングが捜査に適用されるのには前例がなく、ずっと遡った祖先が混血だった可能性も否定できないため、「犯人が純粋な日本人である可能性も否定せずに、幅広く捜査する」方針。
    11月30日 - 今年の春ごろになってから警視庁に新たな目撃情報が寄せられていたことが判明した。事件現場から1.5キロ離れた小田急線成城学園前駅近くで、事件前日の29日午後3時ごろ、現場に残されていたトレーナーやヒップバック、スニーカーとよく似た服装の若い男を目撃したというもの。最近の情報などから警視庁は「事件当時、現場付近に住んでいてその後に引っ越した若者や日本国外の人」に捜査の焦点を絞っている。
    12月15日 - 捜査本部は犯人が現場に残していった黒いハンカチ2枚について新たな情報を公開した。うち1枚については中心部に約3センチの切れ目を開け、ハンカチの一部を押し込んで袋状にしており、犯行時に包丁の柄を差し込んで滑り止めや返り血を避ける目的で使用したものと見られている。犯人が事前に細工などをしていることから計画的犯行の線も見て捜査、このような特殊な方法を使う職業がないか調べている。ハンカチからは被害者の血液のほか犯人の血液も検出された。もう一枚については、三角形に折って両端が絞り込まれていたため、バンダナやマスクとして使用したものとみられる。
    犯人の血液を詳しく調べた結果、向精神薬や風邪薬などの薬物反応がまったくなくたばこも吸わないことが判明。2枚のハンカチには洗濯をしアイロンをかけた形跡もあった。これらのことから捜査本部は犯人像を「薬物中毒や投薬治療中でなく健康体」、「事件当時、現場付近の比較的裕福な家庭で、家族と一緒に暮していた15歳から35歳の男」と見ている(朝日新聞)。
    12月26日 - 読売新聞によると、知人などが一家にあてた2000年正月分の年賀状が被害者宅からなくなっていたこと(この情報は以前から報じられていた)について、警視庁は犯人が被害者との接点を隠すために持ち去った可能性があると見て捜査していることが分かった。それ以前の年賀状は被害者宅に数年分まとめて保管されていたが、2000年の正月分だけ1枚も見つからなかったという。
    12月30日 - 事件から6年、警視庁成城署捜査本部の捜査会議の一部が公開された。これまでに延べ14万人の捜査員が投入され現在も98人態勢で捜査、産経新聞によると、現在は犯人本人より犯人を知る人物や周辺者を中心に捜索しているという。また、引き続き犯人が外国人やスケートボーダーである可能性、被害者宅が物色され現金がなくなっていたことから金銭目的の犯行、2000年正月分の年賀状がなくなっていることから怨恨による犯行の線なども視野に入れ、幅広く捜査している。
    12月31日 - 朝日新聞によると、現場から長女の血が付着したティッシュペーパーが見つかっていたことが明らかになった。母親と長女が犯人に襲われたとき1度目は致命傷にならなかったが、負傷しながらも長女の手当てをしていた母親に犯人が気づき、再度致命傷を与えた可能性があるという。
    また、現場に残されていた犯人の血液からDNA型を解析した結果、日本人には少ない型とする専門家の意見があることも判明した。「犯人が外国人や混血の日本人である可能性」も視野に入れて捜査している(朝日新聞)。
    2008年 [編集]
    5月25日 - 毎日新聞によると、犯人の血痕のDNA鑑定により母方が欧州や地中海の民族の特徴を持つ点、さらに事件現場に残された遺留品などから犯人が外国と関係のある人物である可能性が高いことから、ICPOを通じ外国の捜査機関に捜査協力を求めていることが分かった。これまで韓国や中国に指紋照合を依頼し、欧米の国々にも捜査協力を求めているが、要請に応じない国もあるという。
    6月22日 - 毎日新聞によると、今年3月中旬に犯人が侵入したと思われる被害者宅裏側の2階浴室窓下の公園フェンス付近に花束が置かれていたことが分かった。家の表側は警察が24時間体制で警備していたが、置かれた時点で気づかなかった。警察は「心当たりのある人は名乗り出て欲しい」としている。
    12月30日 - 毎日新聞によると、8月ごろ行った捜査本部の検証で犯人が現場に残したトレーナーやヒップバッグに付着していた赤色系の蛍光剤とほぼ同一成分の蛍光剤が1階車庫周辺からも発見されていたことが判明した。車庫は事件当時シャッターが閉まっており、現場に残された犯人の足跡などの形跡が発見されていないことから、「事件前に犯人や犯人と関係ある人物が現場を訪れた可能性、被害者と犯人に交流があった可能性」も視野に入れ、蛍光剤の流通経路や被害者の交友関係を調べている。
    12月31日 - 中日新聞によると、犯人が被害者宅に残したヒップバッグから微量の砂(石英を含み、米国西部の砂漠地帯の砂と酷似している物)と1億4000万年以上前の放射性物質モナザイト(ロッキー山脈の花崗岩にも含まれている物)が検出されたが、鑑定の結果それらの遺留物はカリフォルニア州に由来する可能性があることが分かり、捜査本部は70人態勢で被害者の勤務先や出身学校の関係者、事件当時、現場周辺に住んでいた人物らに事情聴取をし、「カリフォルニア州への渡航歴がないか重点的に捜査」している。
    2009年 [編集]
    12月14日
    警視庁は事件現場から発見された蛍光剤が3種類の粉末蛍光染料であることを公表した。警視庁ではこの3種類の染料を同時に扱う場所の情報提供を呼びかけている。以下に情報をまとめる(共同通信、NHK、毎日新聞、朝日新聞、日経新聞、東京新聞より)。詳細は警視庁公開の資料[8]も参照のこと。
    染料は主に国内2社が商品化する「ローダミン」(ローダミンB、同6GCP、同6GCP-N)や「バソニール」(バソニールレッド540、同482、同485)で(カラーインデックスネームはそれぞれベーシックバイオレッド10、ベーシックレッド1、ベーシックレッド1:1)、粉末状では緑色(赤茶色という報道もあり)で水に溶かすと赤やピンク系になり、ブラックライトで蛍光発色する。
    染料は上述のメーカーが顔料やインキなどに加工して販売するため、一般に出回っていない。主に紙や布、木綿などの繊維のほかに、プラスチック製品、漫画本、包装、広告、顔料やインクの製造、蛍光ペン、油絵の具材、レーザーの研究、工事現場などでも使用される。「3種類共に使用するのは一般的でないため、染料・塗料を扱う専門業者や工場、製紙メーカー、研究施設、舞台関連の制作業者、デザイナーなどの可能性が高い」と見ている。
    被害者は大学時代には劇団サークルに参加しており、企業のイメージカラー作成やイベントプロデュースなどの仕事に関わっていたが染料に関する専門知識がなく、「被害者自身が仕事などで使用していた形跡もない」という。染料は犯人の遺留品であるトレーナーから2種類、ヒップバッグの内側や犯人が犯行時に侵入した形跡のない車庫内の木製の収納具から3種類発見されており、同じく犯人が触れた形跡のない被害者宅の棚の中からも発見されている。このことから、「事前に被害者宅を訪れたことがあるか被害者と接点があった人物の可能性が高い」と見て捜査している。
    犯人が事件前に被害者宅を訪れた理由について、「被害者と染料選定の打ち合わせをしていた可能性」などを視野に入れている(東京新聞より)。
    犯人の遺留品であるジャンパー(事件の1ヶ月前から販売されたもの)のポケットから発見された鳥の糞はイネ科以外の植物の種皮や昆虫、土砂などを含んでいないことから飼育されていたスズメより小さい種類の鳥のもの、葉片は(当初)ヒメザクロと思われていたが、DNA鑑定の結果、ケヤキとヤナギ(シダレヤナギ以外)、三浦半島の砂は馬堀、北下浦、三浦の3箇所いずれかの海岸のものであることも明らかにした。このため、「犯人や犯人の周辺人物が犯行直前に三浦半島を訪れたと見て、同半島周辺に捜査員を派遣」して聞き込みを行っている(毎日新聞、朝日新聞、産経新聞、日本テレビより)。
    被害者一家が事件の2年前に三浦半島の海岸のホテルで宿泊していた(TBSより)。
    遺留品のヒップバッグから発見された米国西部カリフォルニア州の砂は、約35,000 km²に及ぶモハーヴェ砂漠南西部にあるエドワーズ空軍基地付近のものであることも判明した。同基地東部の砂は特徴的なものであり、バッグ内の砂と酷似しているという。このことから、「犯人や犯人の周辺人物が同基地付近を訪れた可能性がある」と見て捜査している(東京新聞より)。
    12月26日 - 被害者は大学時代には演劇、著名な人形作家の下で人形アニメ製作に参加、その後、知人と映画や漫画を製作する会社を立ち上げ、映画撮影の現場に出入りするなどしていた。事件の直前にも旅客機の模型に塗装する仕事などをしており、塗料との関わりはいくつか浮上しているが、現場に残された染料と被害者、犯人の接点は浮かび上がっていない(毎日新聞より)。
    12月30日 - 現場に残された犯人のものと見られる血痕のDNA型鑑定を行った結果、母系がミトコンドリアDNAの塩基配列パターンによりアドリア海や地中海の南欧系民族に見られる「アンダーソンH15型」(アジア民族には見られない)、父親がY染色体鑑定によりアジア民族に多い「O3eスター型」であることが分かった(2006年当時)。「O3eスター型」の割合は日本人の約13人に1人、中国人の約10人に1人、韓国人の約5人に1人に見られる。南欧系の祖先は歴史的に見て遠くない祖先の可能性が高いが、DNA型から犯人との続柄は判別できないため、犯人の母親が南欧系の女性かは不明。また、古い祖先が南欧系の可能性も否定できない(サンケイスポーツより)。
    捜査状況 [編集]
    報道ステーション(2006年12月25日放送) [編集]
    テレビ朝日系報道ステーションによると、今年の春頃に番組関係者が警察の聞き込み捜査に協力していたという。その警察とのやり取りで新たに判明した情報は以下の通りである。
    これまで警察は犯人が履いていた韓国製スニーカー「Slazenger」などから韓国を重点に捜査してきたが、最近になってもう一度、国内を重点に捜査している。
    事件発生当初(2001年1月下旬)から韓国に捜査員を派遣したが、指紋が一致する人物の情報はなかった。また、国内では入手不可能とされていた28センチのスニーカーは、個人輸入なら購入できることも分かった。
    犯人が止血に殺菌性や吸収性が高い生理用ナプキンを使用していたことから、ボーイスカウト経験者である可能性を視野に入れている。
    この止血方法は自衛隊などで教えられるものだという。
    午前1時18分と午前10時の二度に渡り犯人がパソコンを操作しており、被害者宅で何かを探していたものと思われる。
    二度目にパソコンを操作していた時かその後に、隣に住む義母が訪ねて来たため犯人は慌てて逃走した。犯行は計画的だったが、そのため多数の遺留品や指紋などを残すことになってしまったのではないか。
    捜査員は以下の写真を持ち歩き聞き込み捜査をしている。
    「つり目で鼻は大きめな30歳前後の男」「東南アジア系の20代~30代の女」「どこにでもいそうな50代の女」「眼鏡をかけ小柄で細身の日本人以外のアジア系にも見える30歳前後の男」の4枚で、うち3枚目と4枚目は吉祥寺周辺で入手した。いろいろな情報を元に捜査範囲を杉並区にまで広げており、特に荻窪、吉祥寺周辺を重点に捜査している。
    また、捜査を指揮する警視庁の捜査一課管理官は番組のインタビューで「男であれば全ての人物を視野に入れている」としており、「確実に犯人を追い詰めている。犯人からして見れば刑事の足音がたぶん聞こえているだろう」と事件解決に自信を見せている。
    その後の詳細がはっきりしない情報 [編集]
    以下は過去に報道されたが、現在の捜査状況が定かでない情報である。
    事件発生時刻前後に現場付近から京王線八幡山駅近くまでタクシーに乗車した3人組の男の座席シートに血痕が残っていた(毎日新聞2001年1月2日付)。
    「現場で発見された犯人の血痕とタクシーのシートに付着していた血痕の照合を進める」(毎日新聞同年1月4日付)としており、照合した結果、犯人のものではなかった可能性も高い。
    事件発覚当日の31日に浅草駅発、東武日光駅午後5時26分着の快速電車に乗っていた30歳ぐらいの男が右手に骨が見えるほどの深い怪我を負っており、駅の事務室で治療を受けていた(2001年12月27日報道)。
    捜査員を日光に派遣したのは事件からだいぶ経過した2001年10月に入ってからのことであり、このことは週刊朝日の記事でも触れられている(週刊誌などの情報参照)。
    事件から数日経って右手に怪我を負った男が病院で治療を受けていた。
    「事件から3日後、右手の親指と人さし指の間を切って都内の総合病院に訪れた22歳の男は捜査の結果、事件とは無関係だった」(2001年12月27日報道)という情報もあり、この報道の男と同一人物の可能性もある。
    父親はインターネットのとあるサイトで固定ハンドルを名乗っていた。そこでの他者とのトラブルから事件が起きた可能性も視野に入れて捜査をしている。
    その他の関連事実 [編集]
    2006年5月12日 - 過去に成城署捜査本部で当事件の捜査活動をしていた警部補が、捜査報告書に自分や妻の指紋を添付して実際には面識のない住民数十人から指紋を採取したように装うなど虚偽報告をしていたことが明らかになった。
    2006年6月19日 - 事件の犯人を突き止めたと称する『世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白』(草思社)について、警視庁の捜査一課長が「内容は全般にわたり根本的に事実と異なる」と批判。侵入から殺害方法、犯人が自ら行った治療行為、パソコン操作、逃走方法、被害者の行動、遺留品、指紋についての記述など10項目が「ことごとく事実と異なり、誤解を生じさせ今後の捜査にも悪影響を与える懸念がある」と異例のコメントを発表した。この本の内容は多くのメディアからも厳しく批判された。本文中に被害者の母親の言葉が出てくるが、母親は著者の取材に応じていない(週刊朝日 2006年7月21日号)。そもそもの出版企画は、元週刊新潮記者の斉藤寅が雷韻出版に持ち込んだもので、最初の原稿では「サバイバルナイフを使って玄関から侵入」と記述されており、基本的な事実関係すら間違っていた。雷韻出版社長が「殺害方法にリアリティがない」と指摘すると、後になって詳細を書き加えてきたため、出版を見送った(週刊アサヒ芸能 2006年7月20日号)。
    懸賞金


    警視庁は当該事件を公的懸賞金制度(捜査特別報奨金制度)の対象事件に指定した。事件の解決、犯人の逮捕に結びつく有力情報の提供者に最大300万円の懸賞金が支払われる。期限は2010年12月まで延長されている。詳細は警視庁特捜本部のサイト[9]参照。

    事件の影響


    この事件は在宅中の一家全員を殺害するという残虐な手口から世間の注目を集め、各家庭の防犯意識を高めた。また、この事件を機に世田谷区成城署が街の防犯カメラ設置を促進した。窃盗事件の減少などの効果が得られ、実際に事件の解決にも結びついている。

    遺族会の結成と公訴時効廃止議論


    当事件の遺族は別の事件の遺族らと連携して殺人事件に関する公訴時効の停止・廃止を目標に、2009年2月28日、「殺人事件被害者遺族の会、通称宙の会(そらのかい)」[10]を結成した。2010年4月27日には、殺人強盗殺人など法定上限が死刑に当たる罪の公訴時効廃止などを盛り込んだ改正刑事訴訟法(刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(平成22年法律第26号))が成立・施行し、同団体の主な目的が達成された。当事件を含め、施行時に公訴時効が完成していない過去の事件にも適用される。
    改正法施行までの経緯 [編集]
    宙の会のほかにも、2008年11月、全国犯罪被害者の会(あすの会)も殺人など重大事件における時効廃止を求める決議を行うなど、事件の遺族による「時効停止・廃止」を訴える声、世論の関心も高まってきていた。
    これに対して法務省は、2009年5月には裁判員制度が始まるのを受け、時効制度においても国民の視点で分かりやすく提示する必要があることも理由にして、殺人など重大事件に限り、公訴時効の期間延長(数十年単位)や廃止、遺族の訴えで時効の進行を停止できる制度の設置なども視野に入れて、勉強会を開き検討していくと2009年1月に表明した。
    2010年3月12日、殺人や強盗殺人など法定上限が死刑に当たる罪の公訴時効廃止などを盛り込んだ刑事訴訟法改正案が政府で閣議決定。4月27日には同改正案が可決成立し、即日施行された(施行までの経緯の詳細は公訴時効#公訴時効停止・廃止議論も参照)。
    宙の会によるそのほかの主張 [編集]
    公訴時効の停止・廃止のほかに、飛躍的に向上したDNA鑑定技術によりほぼ100%個人を特定できる(他人を犯人と誤る確率は天文学的な確率)ことから、犯人のDNAが特定されている事件の場合、DNAに人格を与え起訴(DNA起訴)できるように刑事訴訟法などの制度改正も訴えていた。これは、公訴時効が廃止された場合でも、法律改正以前の事件には適応されない可能性があったためである。
    公訴時効に関する日本国外の状況 [編集]
    アメリカでは殺人罪(特に悪意の謀殺である第一級謀殺)の時効は存在しない。また、DNA起訴はジョン・ドウ起訴(JD起訴)と呼ばれ、時効がある性犯罪などに導入されており、起訴された場合は時効が停止する。
    イギリスはアメリカと同様に殺人罪における時効は存在しない。フランスでは捜査終了後10年で時効が成立するが、集団虐殺など人道に対する犯罪について、ドイツでは謀殺罪(計画的殺人)についてそれぞれ時効を停止している。

    犯人のプロファイリング


    この事件の際には、現場に捜査員がかけつけたときすでに被疑者は逃走をはかったあとだったため、すぐさま科学捜査研究所が動き出すこととなった。プロファイラーの犯人像推定によれば以下のプロファイリング結果が挙げられていた。しかし発生から数年を経た現在も捜査に進展は見られておらず、プロファイリング結果を疑問視する声も上がっている。
    被疑者は10代~20代中頃、長髪で犯罪嗜好癖あり。
    逃亡はおそらく幼稚なもので国際的に逃げたという可能性は低い。
    いまだ国内に潜伏しているか自己の犯罪達成を完結させるため自殺した可能性あり。
    出身は北部近辺で、現場周辺に土地勘がない男。
    残忍かつ冷酷だが目的意識はさほどなく、金銭目的というより犯罪嗜好概念による動機が強い。

    週刊誌などの情報


    この事件は重大な未解決事件の一つであるので、週刊誌などではさまざまな情報が錯綜している。ここでは新聞やテレビのニュースなどの大手メディアでは報じられていない週刊誌などの情報を記していく。しかし、これらの情報の信憑性は定かではなく疑問点が多いものも少なくない。
    新潮45 [編集]
    侵入方法についてはシリンダーに細かな傷が付いてきたことから、特殊なナイフで解錠して玄関から被害者宅に侵入している。また、犯人がラテックスゴムという軍隊などで使われる特殊な止血剤や、麻酔作用のあるベンゼドリンを使用していた(一橋文哉2002年1月号)。
    警察の鑑識OBに依頼したところ、ソウル在住の韓国人男性の指紋と、現場に残されていた犯人の指紋が合致した。韓国では全国民に指紋の登録が義務付けられている。日本の警察は韓国人の指紋と照合して誰とも一致しなかったとしているが、実際には日本からの捜査協力が韓国政府に拒否されている(一橋文哉2002年1月号)。
    この記事が掲載されて以後、警視庁の情報公開により犯人が「韓国で育った人間」ということは否定されている。だが、そのことも最近になって判明したとのことで捜査協力拒否の真偽は定かになっていない。
    週刊文春 [編集]
    被害者宅のポストにセンサーがあり、人が通ると防犯用ライトがつく。また、新聞配達員が31日早朝に新聞の朝刊を配達したときには玄関の電気は消えていた。一方で、被害者母親の実母が現場を訪れたときには電気がついていた(2001年1月25日号)。
    玄関の扉の鍵はMIWA製の特殊なもので、鍵穴がドア上部とノブに2つあり、1つの鍵で両方とも開けられる仕組みとなっている。ドアチェーンもある(2001年3月8日号)。
    事件発生数カ月前の2000年8月と10月の二度に渡り、「アオキノブオ」という名前で埼玉県の調査事務所に被害者一家の身辺調査の依頼があり、依頼主は調査事務所から被害者宅の住所、被害者夫妻の住民票(本籍なし)を受け取った。本籍の記載もある住民票の取得依頼もあったが、連絡が途絶えたため調査はされなかった(2002年1月24日号、1月31日号)。
    父親の死因は心臓・大動脈損傷による失血死。長女は生前に硬膜下出血と外傷性クモ膜下出血を起こしていた可能性がある(2003年5月1日、1月8日号)。
    以下の新事実と共に、初動捜査終了後の第一期捜査期間の混乱と現在も尾を引く影響、捜査指揮体系の問題、指紋捜査に執着する弊害、女性被害者に対する犯人の残忍な手口を取り上げている(2009年1月1日・8日新年特大号)。
    推定犯行時刻直後(30日午後11時半すぎ)、車を運転していた目撃者が被害者宅付近の路地から飛び出してきた若い男を目撃。それから1年後、偶然に成田空港でこの若い男に似た男とすれ違い、捜査本部に連絡したが真面目に取り合ってもらえなかった。
    侵入口は2階の浴室とされるが、出入りしたはずの浴室の小窓から繊維痕がまったく検出されていない。また、靴の跡(足跡)も浴室からは発見されておらず、廊下からいきなり始まっている。さらに、現在は否定されているが、初期には侵入口候補の一つと見られていた玄関は、発覚時に駆けつけた警察や救急隊員によって、踏み荒らされてしまっていた。
    現場に残された犯人の血液のDNAから、犯人は「ヨーロッパのアドリア海沿岸民族の母系遺伝子を持つ人物」であることが判明しているが、第一線の本部員や多くの捜査員らには知らされておらず、本部の一部にしか情報が行き届いていない。
    日本国外に犯人がいる場合、国内で行う捜査の意味がなくなってしまうので、「外国人犯行説には強い拒否感」があるためである。ICPOを通じ、日本国外の捜査機関に指紋照合などの捜査協力を求めているが事件の進展にはあまり期待は持てず、そのため、韓国人犯行説についても捜査本部の幹部らは強い関心を寄せていない。
    また、バッグから「アメリカの砂」と酷似した砂が発見されており、捜査本部の幹部が2007年から2008年にかけて数回極秘に渡米しているが、捜査が終了しているにもかかわらずこちらの結果も第一線の本部員らには通達されていないままである。
    軍隊経験者や犯罪グループの犯行という線は現在は完全に否定されている。
    長男や父親はすぐに殺害されているが、女性被害者である母親や長女はすぐには致命傷を与えず、包丁で顔面をえぐるなど何度も切り裂いている。その後、犯人は一度その場を離れ台所にあった別の包丁を手に取り、重傷を負いながらも娘の治療を行う母親を目にして再び2人に襲いかかり殺害した。
    週刊ポスト [編集]
    現場で発見されている砂やテニスシューズなどから犯人は韓国やアメリカと接点がある人物の可能性が高い。被害者夫婦が入会していた自己啓発セミナーのような組織の本部がアメリカにあり、日本と同じような支部が韓国にもある。その組織が事件に関係している可能性がある(2004年10月1日号)。
    FLASH [編集]
    アメリカでFBIに強盗容疑で逮捕された韓国人の供述により、事件を指揮したアメリカ籍・アメリカ人の男が判明。男は別の強盗事件で5000ドルの懸賞金が懸けられ、指名手配されている。また、男は事件の実行犯らが事件の翌日には日本を離れたと周囲に話しているが、この男ならその出国先も知っているはずである。日本警察にもこれらの情報はFBIから直接渡っている。被害者との接点について、男は事件前にアメリカに本社があるヘッドハンティング会社の東京支店に勤めており、被害者はその会社に転職希望者として登録をしていた。そこで、被害者宅の情報や経済状態などを知り、犯行に及んだのではないか(2006年8月1日号)。
    週刊朝日 [編集]
    週刊朝日(2007年1月5日・12日合併号)によると、新事実として以下の事柄を挙げている。
    近所の住人が犯行時刻前後の午後11時30分ごろに聞いた「ドスンドスン」という大きな音は、犯人が2階踊り場にあったロフト(屋根裏部屋)へのハシゴを上げた音。
    犯人が被害者宅のパソコンで閲覧したのは1度目(午前1時18分頃)が劇団四季のサイトなどで、逃走直前の二度目(午前10時頃)が被害者主人の会社のサイトなど。
    被害者宅のバンドエイド缶から犯人の指紋や血液が採取されたが、警視庁の指紋自動識別システムで1000万人以上のデータと指紋照合を行ったが該当者は出ず。
    産経新聞の既報どおり、犯人の血液からDNAの人類学的解析で民族の鑑定は行われたが、現場に残されていた血液状態がよくなかったため失敗に終わった。産経新聞は鑑定作業に昔関わっていた研究者からの仮説情報をそのまま科学的根拠があるかのように報じてしまった。
    警察は事件発生時刻直後の30日午後11時35分から11時40分頃に現場付近から走り去った男の情報に囚われるあまり、後にパソコンの通信記録から翌朝逃走したことが判明した犯人の目撃情報などを十分に捜査できず、初動捜査で大きなミスをしてしまった。
    31日午後5時20分すぎに東武日光駅で、右手に深い怪我を負って駅の事務室で治療を受けていた30代の男についても、捜査員を派遣したのが1年後で有力な情報を得られず、現在も行方はわからないままである。
    事件現場から1.5キロ離れた小田急線成城学園前駅近くで、事件前日の29日午後3時ごろ目撃された犯人の服装とよく似た若い男は、実は事件直前の30日午後9時頃にも被害者宅付近で目撃されている。
    たかじんのそこまで言って委員会 [編集]
    よみうりテレビ制作「たかじんのそこまで言って委員会」(2006年12月17日放送)内で北芝健が、警察発表の「犯人は近隣の15歳から35歳の男」という説の他に、あくまでもファンタジー(空想的)な話として、某有名カルト教団関与説があることについて言及した。それによると、目的は寄進を渋っていた他の資産家に対する見せしめで、教団の名称や国名は伏せられたが、某国の大統領が変われば捜査が大きく進展する可能性があるという。
    2007年12月16日の放送で、韓国人が事件に関わっている説を取り上げ、政治的な問題で韓国政府が現在も捜査協力していない可能性を示唆した。
    また、以前の別の番組(関西テレビ制作「ムハハnoたかじん」)で、実行犯はアジア系犯罪集団、計画立案に日本の犯罪組織が関わっていることも示唆していた。

    インターネットの書き込み


    匿名掲示板2ちゃんねるのペット大嫌い板(現生き物苦手板)で、2000年12月27日の午後5時3分頃、当該事件の犯行予告ではないかと思わせるような書き込みがあった[2]。
    また、その他にも犯行前後の2000年12月26日から翌年1月4日にかけて「主犯」と「実行犯」がネットで連絡した形跡ではと騒がれた書き込みもあった[3]。
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